力の在る人
あらすじ
かみくんと共同生活を始めて、かみくんの力を改めて知った美咲。
そして翌日、美咲が会社に行く前に植木鉢をかみくんに託される。
かみくんに小さくしてもらった植木鉢とともに美咲はうきうきしながら会社に向かう。
「おはようございまーす!」
「おはようございます!」
挨拶を返せば挨拶が返ってくる私の会社、Blumeは女性向け雑誌の編集者である。立派なビルの5階で小規模運営しているが、読者はまぁまぁ多くて良い会社だと思う。
Blumeとは、ドイツ語で花を表す。単純だが、女性を花に見立て、「その花を美しく咲き誇らせるお手伝いを」がコンセプトらしい。
「守谷さん、何かいいことあった?」
口の横に掌をあて、少々あざとく「内緒話のポーズ」で話す彼は……誰だったか。
あぁ、そうだ。星野聖羅さんだ。私の同期であり、この社には珍しい男性社員だ。妙に女性らしい名前は、占い師のお母さんが、性別がわかる前に名前を決めてしまったからだそうだ。苗字も比較的かわいらしいということも手伝い、彼は名前を呼ばれるのが嫌なんだ、と苦笑いで語っていた気がする。
「え? なんか変だった?」
首を傾げて応答すると、彼は上品にも口に手を当てながら笑った。そんなことするから余計に女性らしくなっていってるんじゃないだろうか。
「ふふ、そうじゃないけど……いつもよりも挨拶が元気いっぱいだったから。」
「え、ほんと? なんか恥ずかしいな……」
「大丈夫だよ。元気な子って、可愛いと思うよ?」
そうして星野くんはふんわりと笑った。自然な焦げ茶色の髪が、窓にあるブラインドから挿す光を浴びてきらきらと光る。優しげに細められた目からはなんだか慈悲深い聖母に近い何かを感じて無条件に照れてしまった。
天然系のイケメンはこれだから困るのだ。
「三宅さん何やってるんですか」
星野くんとの会話もそこそこに自分のデスクへと向かうと、三宅さんが私の椅子に座って、デスクへと完全に体を預けてなにやらぶつぶつ呟いていた。「イケメン……」だとか「高収入……」という言葉から察するに、彼女の合コンはまたハズレであったようだ。
「あ〜守谷さん? はよはよ〜」
「……おはようございますどけてください」
「ほんと日に日に扱いが雑になるよね、君」
まぁいいんだけどさ、と言って三宅さんは隣のデスクに移動した。今度こそ本当に彼女のデスクである。
入社当初は三宅さんも張り切っていて、「わからないことがあったらいつでも聞いてね! 私、君の隣のデスクだから」なんて言われた時は、なんて頼りがいのある先輩だろうと思ったのに、中身を覗くとこの男中毒者(軽度)であった。
プルルルル、プルルルル……
三宅さんのデスクに置いてある電話がなった。彼女は読者の質問や意見、クレームを解消するオペレーターである。
電話の音が響くと、閉じていた目をカッという擬音が付きそうなくらい急に開き、素早く起き上がり、もにょもにょと動かしていた口を引き締め、真っ直ぐな姿勢で電話に出た。男に飢えていた彼女の面影はない。
「はい、雑誌編集者Blume、オペレーターを担当させていただきます、三宅でございます。ご用件をお伺い致します。
……はい、……はい、……分かりづらい記載で申し訳ございません。その応募方法は左下に記載しております。説明いたしますか?……はい、分かりました。それでは説明させていただきます。」
分かりやすい説明と丁寧な態度。何度も言うが、本当にこれがあの三宅さんなのかと疑いたくなる。
しかし、三宅さんの本当にすごいところは、この間一度も雑誌を開いていないということだ。つまり雑誌の内容は隅々まで確認して暗記しているということ。だからページの1/8の大きさの募集要項スペースの小さい文字、ひとつひとつを誤ることなくお客さんに話せているのだ。
「……ありがとうございます。それでは失礼致します。今後もBlumeをどうぞよろしくお願い致しします。……はい、失礼致します。」
カチャリ、という音とともに、編集社の張り詰めていた空気も溶けた。
そう、改装の都合で現在はオペレーター室と編集部が同じ部屋にいるので、オペレーターが話している間はいつも以上に声に気を遣う必要があった。三宅さんによると、最初は分かれていたのだが、私が入社する少し前に工事の不具合が見つかり改修していて、現在は近々できる大型ショッピングモールの建設に人が割られてこちらに改修員が回らず、なかなか完成しないそうだ。
「三宅さん、お疲れ様です」
声をかける頃には三宅さんはいつも通りの彼女に戻っていた。
だらしなく開いた口から「あ"〜……」と気の抜けた音が出る。完全におつかれモードだ。
「全くだよ。はぁ〜疲れるわ〜。守谷ちゃん肩揉んで!」
「調子に乗らないでくださいよ……」
「そう言って結局肩揉んでくれる守谷ちゃんマジ女神」
これは親父モードの三宅みずほへではなく、デキる女の三宅みずほへ向けた尊敬と勤労の肩揉みである。そう考えると誇らしげで、「うへへへ、あぁ〜そこそこ〜」なんて言ってる三宅さんにむしろ喜びを感じた。
守谷が幸せに浸っているその時、デスクの下においてある鞄につけてあるキーホルダーが音もなく揺れた。