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かみさん  作者: 花澤 雪
2章 かみくんとの日常
3/4

界王神のお力

あらすじ

かみくんこと"神様"から、気を育てるという使命を遣わさった美咲。

それだけでなく、かみくんとの共同生活が始まってしまった!?

果たして美咲の生活は、どんな変化があるのか……。

 かみくんと暮らすようになった翌日の午前五時。目覚まし時計を止めて一度のびをすると、覚醒しきっていない体に、香ばしいチーズの香りが纏わりついた。

「ん?」

 そうそう、そういえば昨日かみくんが住みつくことになったんだった。となると朝食は彼が作ってくれたことになる。お礼を言おうと扉を開けて彼のもとに向かう。


 ……あれ? 私が借りたのってワンルームじゃなかったっけ?


 2年前に借りた、まぁまぁ綺麗な格安ワンルーム。そこにテーブル、いす、ベッド、クローゼット、家電……と、あとかっこつけて造花なんか飾ってある、白を基調とした生活用品と趣味の本やら雑貨やらが置かれただけの、一般的な一人暮らしのための少し狭い家だった。

 そう、だったのである。そもそも、この家はリビングと自室の仕切り扉なんてなかったはずなのである。


「お早う、美咲ちゃん」

「おっ……おっ……!?」

 にこやかに笑うかみくんの背景はお花畑だった。

 というのは5割盛っていて、事実は、家具にお花要素がたされているのだ。花モチーフの薄いピンクのランチョンマット、花柄のペイントが施された物入れ、摘みたてのようにしゃんと伸びた可愛らしいお花、扉という扉につけられたリースフラワー。ぱっと目に入っただけでもかなりの改造がされている。

「ごめんね、リフォームはまだ全部終わってないんだけど……。あっ、朝ごはんは出来てるよ。歯、磨いておいで」

「あ、うん……って、いやいや、おかしいでしょ!」

 思わず突っ込むと、かみくんは困ったように眉を下げて笑う。なんだかこの顔、結構見る気がする。

「気に入らなかった? お花……」

「いやいやいや! 私の理想像そのものだよ!」

 理想など特には決めていなかったが。

 けれどもこの清楚&キュートな可愛らしい部屋は、私好みのものだった。


 歯を磨き、顔を洗い、スーツに着替える。この過程でどうしてこうなったんだろう……と考える。

 しかし、考えても考えても、かみくんが神だから、という結論にしか至らなかった。

「まぁ神だしな」

 そう、これでいいのだ、これで……。

 家庭がどうであれ、起きてすぐに感じた朝ごはんの匂い。おはようと言う人がいること。この感覚が久しぶりすぎて、泣きそうになった。


「いただきます」

「はい、どうぞ」

 かみくんが作ってくれたのはサンドイッチだった。香ばしいチーズの香りの正体は、ハムとレタスの間に挟まった、軽く焼かれた状態のチーズだった。

「美味しい……」

「よかった。2つしか作ってないけど、足りるかな?」

「うん、丁度いいよ。かみくんは食べないの?」

「うん。もう食べたからね」

「そうなんだ……」

 その分私が食べてるところをじっと見られて気まずいんだけどなぁ、という一言は喉に出かかり、止まった。


「ご馳走様でした!」

「お粗末さまでした」

 手を合わせると同時の流れ作業で、サンドイッチの置いてあった皿は回収されてしまった。

「美咲ちゃんは会社の準備をしてていいからね」

 おまけにこの一言付きだ。どこまでもスマートである。


 鞄に必要なものを詰め、鏡と向き合い、ネクタイを締める。この作業は、いつもより遅い進行で行うことができた。全てはかみくんのおかげである。

 ちら、と見ると、かみくんははたきを持って、上に埋まっているランプの周りをパタパタと叩いているところであった。

 そこは神様の力は使わないんだ……。

玄関へつながる扉を開く。ガチャリ、という音に反応してか、かみくんがこちらを向く。その顔にはマスクがかかっていて、少し笑ってしまった。

「かみくん! 行ってきます!」

 かみくんは、数秒目をぱちぱちと瞬かせた後、その目をふっと緩めた。

「いってらっしゃい」

 コツコツと軽やかな音がかかとから鳴る。きっと、しばらく私の会社での成績は上昇するだろう。


 玄関の扉を開けて、鍵を閉める……閉めようとした。

「待って、美咲ちゃん!」

「どわぁ! びっくりした……」

「ご、ごめんね……けど忘れ物があったから」

 そう言ってかみくんが渡してきたのはあの植木鉢だった。

「この鉢持っていってね」

「えっ、かみくん……私仕事に行くんだけど」

「うん」

「うん!?」

「だってその木は人間の心が近くにないと死んじゃうから」

 どうやらこの木は毎日近くにおいておかなくてはならないらしい。なんとも面倒くさい木である。

「えー……どうしても持ってなきゃだめ?」

「嫌かな?」

「いや、嫌っていうか……恥ずかしくない?」

「んー、そっか。じゃあこうしよう」

 かみくんは徐に気に手をかざした。すると、鉢が震えた。震えたかと思うと、一気に縮んで、かみくんの掌に余裕で乗るくらいのガラスのチャームになった。

「これに紐を通して……はい」

「わ、キーホルダー?」

「うん、これでどうかな?」

「完璧だよ!」

 私は早速それを鞄につけた。まだ木としてのぬくもりが残ってたのか、それともかみくんのだからなのかわからないが、とにかく温かかった。

 こんな可愛らしいキーホルダーにできるなら最初からしてほしかったなぁ。

「じゃあ、今度こそ。いってらっしゃい」

「うん、いってきます!」


 マンションの階段を降り、振り返るとかみくんが手を振ってくれていた。私はそれに応えるように大きく手を振った。

 コンクリートをコツリ、コツリと踏み歩く。軽くスキップなんかもしてみたりして、鞄も軽く振ってみたりして。口角が上がりっぱなしで歩く会社への道は、いつもよりも短く、見えてきた会社は太陽の光を浴びてキラキラと光っていた。なんだか新入社員になったような気分である。

「いっちょやりますかー!」

 天へと拳を一つ掲げる。今日はきっと、絶対に良い日になる。そう思う。

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