白の世界
あらすじ
普通のOL、守谷美咲は、三宅みずほさんの伝言を受け取り、旧友と思われる人の元へ会いに行くことに!
なんとその人は小さい頃に突然消えた、人形のように美しい少年、かみくんが成長した青年だった!
変わらないけど変わった姿のかみくんは、果たして何故今、美咲に会いに来たのか……!?
「なんでここに!? ていうか、今までどこで何してたの!? 職業は!?」
「ははっ、美咲ちゃんの知りたがりは全然変わってないんだね」
飛びつく勢いでまくし立てれば、かみくん、もとい神島くんは軽く笑った。神島くんの喉仏が上下に揺れる。
「それでかみく……神島くんは」
「かみくんのままでいいよ」
「んー……じゃあそうさせてもらう! かみくんは今までどうしてたの? 急にいなくなっちゃうし……」
かみくんは考えこむように一瞬目を伏せた。けれども、すぐに私に目線を合わせた。
昔とは違う、大分上から視線が降ってくる。
「僕が居るべき場所に戻ったんだ」
「それって……実家ってこと?」
「うん、平たく言えばそうかな」
随分と曖昧な表現だと思った。それが顔に出てたのか、かみくんは誤魔化すようにへらりと笑った。
「詳しいことはここでは言えないんだ」
かみくんがちらりと会社のドアを見遣った。ドアの向こうにはさっきエレベーターの中で会った男の人(多分)がこちらを見ている。
「……ストーカー?」
「……さぁ?」
突如、腕をくん、と引かれる感覚を覚えた。
「逃げよっか!」
「え、え!?」
かみくんが私の腕を引き、走りだしたのだ。
「着いたら僕のこと、全部教えてあげるよ」
「どこに!?」
「僕の家の玄関だよ」
優しく笑う口元。それと対照的な、私の手を包む骨ばっていて細長い指のある手。かみくんではない"かみくん"に、私は高校生の夏のような感覚を胸に抱くような錯覚を見た。そんな気がした。
車の通りが多い道路の歩道を通り、たまに立ち寄る公園の中の砂利道に入る。ここまではいつも通りだった。
「屈んで!」
「えっえっ、わっ!!」
目の前に灰色の棒が迫り、なんとか屈んだ。鉄棒だろうか。私の身長よりも顔一つ分以上低い位置にあった。
「え……?」
反射で瞑った目を開くと、そこはもう知らない場所だった。
砂利道だった場所は一面が白いレンガのようなものになっていて、所々にある花壇には光を放つ(ような、ではなく本当に光をはなっている)丸い花が植えてあり、木は上が見えないほど続いた。それらは橙色のの光を受けて、まるでギリシャの街の世界遺産にありそうなほど美しかった。
「ま、待って。ここ公園じゃないよね?」
「そうだね。ここには必要のないものだから」
公園だったはずの場所には、さっきまでいた公園と同じ位置に出入り口があった。
おかしいのは、車道がなくて車が走っていないこと。家が一切なく、家があるはずの場所にはただの白い正方形や長方形があるだけのこと。かみくんがそれをなんとも思っていないこと。
かみくんは正面の正方形に手を伸ばし、とん、と押した。
すると押した場所を中心に波紋が広がり、正方形は後ろへずれて、光の粒を残して静かに消え去った。
「この世界は創造の世界なんだ」
「創造……? でも世界を創るなんて、そんなことできるわけないじゃない!」
神様でもないんだから。そう言うとかみくんは私の唇に人差し指を置いて笑ってみせた。
「できるさ」
かみくんは私の唇から手を離すと、後ろを向いてその指を円を書くように回していた。
「だって僕は、神様だから」
次の瞬間、白いブラックホール……いや、ホワイトホールと言うべきか? とにかく穴が現れた。
「僕は神。本当は名前なんてないんだ。」
「じゃあ神島天っていう名前は……?」
「人間に溶け込めるように作ったあだ名。家族はもちろんいないし、家はこの創造の世界。人間の世界にはちょっと感情が多すぎて……気分が悪くなったからしばらく休んでたんだ」
他に質問は? と言われるまでのことは正直聞いていなかった。
今まで仲良くしていて、ただの綺麗な男の子だと思っていた人と大人になって感動の再開を果たしたと思ったら、その人は実は神様!? それで創造神!?
混乱したが、不思議に思うことはまだまだたくさんある。これだけは聞いておかなくてはならないことが、一つある。
「何のためにかみくんは地球に来たの?」
するとかみくんは徐にホワイトホールに手を突っ込んで、何かの植木鉢取り出した。植木鉢の中には小さくて、濃い黄緑色の芽がしおらしく植えられていた。
「これは木の芽。水はいらないんだけど、ちょっと育てるのが大変なんだ。」
かみくんははい、と言って私に植木鉢を差し出した。受け取ると、芽が小さく揺れた。
「じゃあ何がいるの?」
「純粋で温かい気持ちだよ。嬉しい、楽しい、愛しい、幸せ……人の温かい気持ちでこれは育つんだ」
気持ちで育つ木……奇怪な出来事に巻き込まれすぎてファンタジー設定には慣れたはずだが、どうしても私が両手で持てるほどの小さな鉢で、大きな木ができることは想像できない。
「ちなみに、木は十分に成長剤を与えられたら、ある場所に転送されるんだ。」
「あぁ……なるほど。それでこそファンタジー……」
「とても面白いでしょ?」
「あぁ、うん。ベリーベリークレイジーだよ、本当に!」
どちらともなく吹き出した。大人になったかみくんとの会話は、あの頃とは違うけれどもとても楽しかった。静かな空間に二人分の笑い声だけが響いている。
ひとしきり笑うと、かみくんはさて、と言ってホワイトホールを掴むと、地面に叩きつけた。
瞬間、眩しい白い光が目一杯に入り思わず目を瞑ると、またあの公園の景色に戻っていた。
「よし、じゃあこれからよろしくお願いします」
「あ、やっぱり木のことは私がやるのね」
「んん、それもあるんだけれど……」
かみくんは気まずそうに頬をかいたが、直後に悪巧みをするかのような、ちょっとだけ悪どい顔になって、ニヒルに笑った。
「しばらく美咲ちゃんの家に住ませて?」
「えっ、えぇ!?」
うちの家に、神様が一人、住み着くようです。