第一冊:家路【桜木編3】
第一冊目:家路 ‹桜木編3›
「え、あ・・・」
思わない方から刺さった。
言葉が出ない。
「どのような本をお探しですか?・・・なにせ量が多いので迷いますし」
彼女は梯子から降りてきたにもかかわらず、分厚い本を片手に三冊。
「えと、お持ちしましょうか?」
読者よ。これは広辞苑の分厚さと大きさを超えているぞ。
「あ、いえ。大丈夫です」
苦笑されて手を出せなかった。
なにもかも同じじゃないか。
少し悲しげな苦笑。
しかし困っているのではない、優しい笑み。
まさしくあいつと同じだった。
あぁ、またこんなことを考えても仕方ないじゃないか。
「ついてきてください」
唐突に呼ばれ、慌てて彼女に追いつく。
髪を揺らしながら、本の香りをかき分けるように、本棚の道を進む。
先ほどの緩やかにカーブした階段の先にも、本棚でびっしりと詰まった道があったのだ。
「すごい本の量ですね」
「えぇ。父と祖父と私が好きに集めてまして」
世界中の本。小説やライトノベルだけではなく、絵本でさえ集められてるらしい。
もうこの先にどれだけ本があっても驚かねぇぞ。
そう思っていたが、無理な話だった。
彼女が薄暗い道の先にある扉を片手で開き、肩で押すように入っていく。
俺はついていく。
何だこの量は。
「ここは、一般のお客様はあまり入られないんですよ・・・」
いたるところに梯子がかかり、いたるところに本棚が立っている。
むしろ本棚が壁のようである。
梯子の中継地点にはちゃんと休憩・・・というか読書スペースがあり、
なんとなく木の上で読んでいる感覚と似たものを感じられるだろう。
そんなことを考えながら、視線は彼女の横顔から離れない。
「お客様はどんな本がお望みでしょうか?」
「えっと、、、それはまた」
「あ、先ほどの読堂に読みたい本がなさそうだったもので・・・」
もしかして、ありましたか?と彼女は焦った。
「あ、いえ・・・ただ見てただけなんです」
「それでもなにかお望みの本、ありますよね」
考えてみればそうかもしれない。
そう思ったとたん、彼女に事情を話した。
好きな女性と付き合っていたが、しつこいと思い感情のまま振ってしまったこと。
彼女はしばらくして、急にさようならと日常にもどったこと。
うんうん、と頷きながら聞いてくれていた。
「なら・・・」
と左手を出してくる。
あなたはどちら利きでしょうか?
私は左利きなのです。
ほかの人からよく珍しいねと言われます。
あなたの趣味は何でしょうか?
私は見ての通り読書です。
ほかの人からよくいいねとだけ返されます。
あなたは本は好きですか?
どこかの一説を読み上げたのだろうか?
あっけにとられていたものの、つい
好きです。
と。
彼女は満足げに微笑んで、俺の右手をとった。
びっくりしたが、離したらダメな気がして離せない。
「この先にあなたの望むものがあるでしょう」
今度は本棚のない、普通の廊下の先を指さした。
何も言わず、言えず。俺は先を歩いて行った。
いつの間にか彼女は消えていて、またなんでか胸が苦しくなった気がした。
歩いていくと、小さな学校の図書室くらいの広さ。
一番奥のテーブル。
眼鏡をかけた、
彼女がいた。