表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

女子小学生と駄菓子屋

作者: me

「ったっく、なんで俺が駄菓子屋の店番なんて……」


古びた駄菓子屋のカウンターで、紫炎(しえん)はため息をついた。せっかく大学が休校の日だというのに、ほとんど人も来ない時代遅れの駄菓子屋の店番。爺さんは病院に行くとか言っていたっけ。流石に断るわけにはいかなかった。


「……はぁ……一日くらい閉めりゃあ良いのに」


爺さん曰く『年中無休なのが誇り』とのこと。こんな夏場の暑い時期に、誇りのためだけに駆り出される身にもなって欲しい。


「……」


カウンターから外を見るが、お客どころか人通りすらゼロだ。そろそろ店仕舞いの好機なんじゃないの? そう思いながらも紫炎はスマホのゲームアプリを起動した。


「すみません」


すぐ近くで少女の声が聞こえる。少々驚きつつも顔を上げると、小学生、高学年? くらいの女の子が立っていた。お客くるんだな。紫炎は少し感心した。


「まいるどせぶん」


開口一番。


「……子供にタバコは売れない」


「あっ、まちがえた」


「どんな間違いだよ」


「めびうす」


「呼び方違うだけで同じものだよそれ!」


「じゃあシガレット」


「……自分で探して、カウンターまで持って来てくれ」


「……むぅ」


女の子はむくれながらシガレットを探しに行った。その背中をしばらく見ていた紫炎だったが、すぐに興味は失われ手元のスマホに視線は移った。


「はい」


「お、持って来たか」


「めびうす」


「結局タバコじゃねぇか!」


「メビウス」


「言い方変えても駄目だ」


「Mobius」


「英語で言っても駄目だ」


「Möbius」


「ドイツ語で言っても駄目だ」


「Умрите」


「何語だよ」


無学(むがく)な男め」


「なんで急にdis(ディス)られたんだよ」


「でぃする? なにそれ」


「ああ、わかんないか」


「わたくしネットスラングには疎いので」


「知ってんじゃねぇか」


なんだこれ。文句の一つでも言ってやろうと少々身構える紫炎。しかし女の子は会話の流れを無視し、なにを思ったのか急に踵を返し、店の奥へとぱたぱたと走って行った。


「……このガキと話すの疲れるな……」







「ねぇ、ちょっとそこのにいちゃん」


奥で女の子が呼んでいる。


「あぁ、変な呼び方するなって」


「いいから、にいちゃんちょっとこっちこいや」


「どこで覚えたんだよそんな言葉」


子供に悪影響を及ぼすテレビやネットはやっぱり規制すべきだな。一瞬そう思ったがすぐに忘れた。


「これほしい」


「ああ」


そこにはきなこ棒の箱が置かれていた。餅みたいなお菓子を爪楊枝で刺したものだ。爪楊枝の先が赤く塗られているとアタリ、もう一本もらえるのだ。


「10円だ」


「はい」


女の子から10円札を手渡された。


「なんでだよ」


「よーし、あたりひくぞー」


「まてまてまて」


「金は払ったぞにいちゃん」


「そのしゃべり方やめんかい。あと10円は硬貨じゃないと駄目だ」


仕方ない、と財布をがさごそ取り出し、女の子は紫炎に硬貨を手渡す。


「よーしあたりひくぞー」


「まてまて、これ日本の硬貨じゃないよね?」


「10ウォン」


「だめだめ、円で払いな」


「10ウォン、日本円にして約80万円の価値」


「それ絶対間違ってるぞ」


「つりはいらない」


「いやいや釣りは出ないし。1ウォン0.1円だし」


「じゃあ100ウォン出す」


ジャラジャラ小銭を差し出してくる。


「日本円で頼む」


「あっ、ドルでもいい?」


「日本円だって言ってるだろ!」


女の子はしぶしぶ10円を1円玉10枚で払った。嫌がらせだった。


「はいよ、一本どうぞ」


「……」


「どした? 取らないのか?」


「どれがアタリかみきわめている」


「そんなのわかりゃあしないよ」


「それはどうかな……そいや」


ハズレだった。


「むぅ」


「ま、そんなもんだよ」


「……じゃあにいちゃん、こっちはいくら?」


女の子は金の延べ棒みたいな箱に入ったチョコレートを指差した。


「これか、100円だな」


「1000ウォンか」


「100円だ」


「1ドルか」


「100円だ」


「10億ジンバブエドルか……」


「ハイパーインフレ!?」


ごちゃごちゃ言いながらも、女の子は100円を1円玉100枚で払った。嫌がらせだった。


「……」


「またアタリの見極めか?」


「集中してるから、黙ってて」


「へいへい」


「これだ!」


がさがさと手に取った箱を開ける女の子。


「あっ!」


「ん、どした」


「当たった!」


「おっマジか」


女の子の手元を見ると、アタリと書かれた厚紙が握られていた。


「けいかくどうり」


「うそつけめっちゃ喜んでただろ」


なんやかんやほほえましい。紫炎も自然と笑顔になった。


「おいにいちゃん、もう一つよこしなさい。われは当たったひと、通称、当人(あたりんちゅ)だぞよ」


「初めて聞いたよそれ、海人(うみんちゅ)のニセモノ?」


「うみんちゅが先にパクった」


「嘘つけ」


「本当といえばうそになる」


「じゃあ嘘じゃねぇか」


「にいちゃん、これもほしい」


さっきから切り替えが早いな。これが若さか。


「これか、黒蜜の()がし」


「うん」


「40円だ」


「400ウォンか……」


「40円だ」


「4ドルか……」


「計算間違ってるぞ」


「……こほん」


そして手渡される1円玉40枚。嫌がらせだった。


「しゃくしゃく」


麩がし特有のふわふわぱりぱりした音が響く。


「あまくておいしい」


「……」


「したざわりなめらか」


「……」


「くちのなかであふれるくろみつ」


「なんか俺も食いたくなってきた」


紫炎は財布から40円取り出し、レジに入れた。


「しゃくしゃく」

「しゃくしゃく」

「のどごしすっきり」

「甘さも控えめ」

「しゃくしゃく」

「しゃくしゃく」


40円の駄菓子を食べる2人。遠目にはまるで兄妹みたいだった。


「なんか懐かしい感じがするなー」


「懐古厨め」


「なんでdisられたし」


「ふふ、なんかにいちゃんとはなしてるの楽しいなー」


「……おう、そりゃどうも」


褒められると気恥ずかしい。


「……ふふ、じゃあそろそろわたし、帰る」


女の子はゆったりした動作で伸びをすると、これまたゆっくりと出口へと歩を進める。


「おう、いつもは爺さんがいるから、かまってやってくれな。こんな古びた駄菓子屋続けてんのなんて、どうせ寂しいからだろうからよ」


「うん、ばいばい、にいちゃん」


チャリン、と紫炎のポケットから嫌がらせの産物、1円玉が落ちた。拾おうと少し女の子から目を離す。顔を上げた時には、既にその姿はなくなっていた。


「せわしないなアイツ」


一人でつぶやき、紫炎は1円玉をレジに叩き込んだのちカウンターの椅子に腰掛けた。










「紫炎、紫炎」


「んん……」


「起きたか、紫炎」


「……爺さん」


どうやら眠ってしまったらしい。店番としてはあまりよろしくない。


「……ああ、ごめん、寝てしまったみたい」


「良いぞ、別に。そういやこの近くで事故があったんだな。ガードレールが派手に曲がっていたぞ」


「へぇ。物騒だな」


他人事みたいに答えた。


「なんでも小学生の女の子が轢かれたって。かわいそうに」


「ふぅん」


一瞬今日出会った女の子の顔が紫炎の頭にチラついた。







後日、大学の帰り道、紫炎は例のガードレールを見つけた。爺さんが言っていた通り、ガードレールは派手にひしゃげていた。


「……」


無意識のうちにガードレールの傍に寄る紫炎。


「にいちゃん」


不意に後ろから女の子の声が聞こえた。振り返る紫炎。そこにはこの前の女の子が立っていた。前に会った時と同じ服装だ。


「ひさしぶりだなにいちゃん」


女の子は紫炎に笑いながら話しかける。


「……なぁ、お前ここで事故に遭ったのか?」


紫炎はまったく無意識のうちに問うていた。


「うん」


なんの億面もなく女の子は答えた。涼しげな風が2人の間を通り抜ける。女の子の長い黒髪が風に揺すられ、たなびいた。


「……成仏できないのか?」


静かに紫炎は言った。


「……はぁ?」


「いや、ここで死んで、地縛霊に」


「しんでない」


「ん?」


「しんでないし」


「事故に遭ったって」


「ああ、けがしたぞ」


「……ああ、まぁそうですよねー」


紫炎は変な雰囲気に飲まれた自分を呪った。


「それよりばかなにいちゃん」


「馬鹿言うな」


「これ」


女の子は紫炎に厚紙を差し出す。


「このまえこうかんしわすれた」


そういやこいつ当たってたな。紫炎はこの前のことを思い出す。


「ふぅん、ああ、じゃあ駄菓子屋行くか」


「うん」


並んで歩く2人は、まるで兄妹みたいだった。





「にいちゃん幽霊しんじてるのか?」


「うっさい」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これが今の嫁との出会だった なんて落ちを期待してる俺は… 2ちゃんに毒されてる
[一言] またお前……誰だおm……やっぱりお前か! (歓喜) またまた楽しませて頂きました。読むだけで楽しい気分になれる作品をいつもありがとうございます。 小学生は最高だなぁ!
2015/09/08 17:41 退会済み
管理
[一言] またまた笑いましたwwww けど最後!素敵な空気で終わりましたね笑 幸せになりました(^^)
2015/09/06 12:59 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ