旧友
どこか街が浮かれている気がした。
2022年である。東京五輪から2年が経っていた。未だに、その特需の名残を人々は甘受しているが、まもなく幻想だと気づくだろう。すでにあちこちでその声は挙がってきている。特に、物流業界の人手不足に伴う綻びは、この五輪後から顕著になったといっていい。顧客の要求、速達、時間指定の温床が、ここにきて出てきた。とにかく若い奴が働きたがらないのだ。労働環境の改善が急務だが、悪循環だった。先日も仕事場で、明らかなサービスの低下が話題になっていた。
五輪の開会式の日は仕事だった。若い時はなにがなんでも行くと周囲に豪語していたが、近頃はすっかりそういった思考も勢いもなくなっていた。結局、録画も観ずに終わっている。
「社会人だから仕方ない」「それが大人だ」「めんどくさい」
近頃はつまらないことを口にするのが、多くなったと思う。若い頃になりたくなかった満員電車に押し包まれる男の一人になりつつある自覚があった。
30歳になっていた。周りは既婚者が増えてきたし、小学生の子を持つ奴もいた。社会的にも立派に成功している者もいるし、タレントでは有名な人もいた。人生に悩み、コンビニでバイト暮らしの人もいた。同じ年数生きた人でも、こうも違うというのが興味深かった。10代の頃の努力が、その後50年の人生を左右するとは、人生は残酷だと思う。
今日は、高校の時の友達と会う日だった。久しぶりだった。
「よう、何年ぶりだ。変わらないな」
待ち合わせは、ヤツの地元だった。最近は誰かと会うときに繁華街に行くことはしなかった。渋谷、原宿・・・聞くだけで満腹感を覚える歳になっていた。
「2年ぶりじゃないか?最後に会ったのはたしかあいつらの披露宴だろ?」
「あゝあれ以来か。まあ、行こう。いい店があるんだ」
そう言って、ヤツは俺を案内した。店に着くまでは、互いの仕事話だった。互いにそれなりに出世していたが、別にそんなことはどうでもよかった。
店は悪くはなかった。特に小鉢の肴が酒をすすめた。時期的に鰤が美味しくなっていた。近頃は食の好みも変わってきた。それに、やはりこういう街の居酒屋の雰囲気というのは、落ち着く。
仕事の話が終わると、互いの近況だった。近々結婚予定らしい。旧友の結婚ほど、嬉しいことはなかったので、酒がすすんだ。しかし、わからなかった。2年ぶりに急に飲みに誘ってきた理由だ。どこか話が探ってきている感じなのだ。
「ところで、お前は最近誰かと飲んだか?」
店に入って2時間したくらいで、急に表情を変え、ヤツは言った。
誰かとは高校の奴らだった。言わずにもわかった。俺たちはクラス単位でとても仲が良かった。卒業後はさらに深まり、定期的な集まりが年2回はあった。社会人になってからも、無理だといわれていた旅行を夏に12人でした。伝説だった。誰かしらと、毎日のように連絡を取り合っていたし、毎月誰かと飲んでいた。それが、ある時からぱったりとそれが無くなった。何故だかわからないが、どうやら自分だけ仲間外れにされた感じではなかった。全体的にそんな感じらしい。
「いや。たまに連絡を取るが、結局社交辞令で終わる。もう何年も会ってない」
「俺もだよ。俺達が2年ぶりというのも、あの頃からは考えられない」
「社会人になったんだ。地方住まいもいる。家庭を持った奴もいる。昔のようにはいかない」
「つまらないことを言うようになったなお前も」
「なんだと」
「つまらない、そう言ったんだ。なあ、また皆で集まりたくないか?」
「もう無理だ。事情が違う。それに」
「なんだ?」
「もうSTARSHIPはいない」
沈黙に耐えられず、追加の酒を頼んだ。今、今夜ここに呼ばれた理由がわかった。
STARSHIP。ある時、自分達の幹事をそう言うことにした。愛称みたいなものだった。
「俺はまた皆で集まりたいんだよ、馬鹿やっていたあの頃みたいに。でも、もうLINEのグループも無くなったし、ホームページだってずっと更新されていない。今じゃ存在を忘れた奴の方が多い。社会人だから、大人だから、もっともらしい理由はいくらでもあるが、時々空虚に感じるんだ。この日々は何のためにあるのかと。最近は1日が長すぎる」
「なら、お前がやればいい」
「お前がやれよ」
「言い出しっぺだろ、やれよ」
「やめよう。俺達には無理なんだよ」
「そうだな。今なら奴の時々発していた警告がわかる」
「会社で幹事をしたよ。お前もしただろ?馬鹿馬鹿しくなってくるんだよな、自分の時間を使って、丸投げ受け身体制の一人一人に気を使いながら詳細を詰めていくそれがさ。出来なければ幹事力がないと言われ、上手く出来れば次回の幹事を約束させられる。どっちも地獄だよな。俺は上司一人に気遣いが足りないって、終わってから怒られたよ」
「俺も似たようなものだ。二次会への接続が悪くて、そこで集団が分かれてしまった。もう懲り懲りだ」
「無視するなよーっていつも言っていたけど、その意味がよくわかった。俺たちはそんなつもりがなかったけど、結果として受け身過ぎたんだよ。結局、自分の楽しい思い出のために、めんどくさいこと、やりたくないことは全て、押しつけていたんだよ。書き込みづらいとか、任せているとかなんだとか言ったが、幹事の苦労に比べれば、ただの屁理屈でしかなかった。それでいい!の一言が欲しかったんだと思う。俺達が悪魔だったんだよ。無知が一番の罪とは、よくいったものだ」
「社会人の時の夏旅行が最後か。あれもあいつすごく怒っていたが、思えば、毎回あったよな、あいつ怒ってたこと」
「あぁ。あれも皆がそれとなく、また旅行したいな的なことを言うから、奴は重い腰をあげたんだ。しかし、いざ日程決めになると、誰も何も言わない。しびれを切らして、奴が決めた日程を提示したら、その日は無理。改めて思うと、狂気だよな」
「悪気のない狂気…人は難しいな」
奴は不思議な力があった。しかし俺達には、器はどうでも良かった。めんどくさいことを仕切ってくれる能力、それができる能力を持ったSTARSHIPという駒。それがひとつ必要だったのだ。しかし、その駒はもういない。
「たかが昔の仲。そう言っていたな。けど、この歳になれば懐かしい、そして寂しい」
「叶わなかったな、昔の夢」
「叶った夢があったか?」
ひどく諦め気な態度で、ヤツは言った。
遠い昔に永遠を誓ったもの。あの頃より、いろんなものが満たされているが、何か特別なものを失った。
ふと、誰かが囁く。今会うことに、何のメリットがあるのか。せっかくの休日、浪費するだけじゃないのか。たかだか同じ青春を過ごした仲だけではないか。一体、何を喋る。過去の話か。そういえば、どっかのお偉いさんが、いつまでも学生の頃の奴とつるんでいるやつは出世しない、もっと有意義な人と付き合えと言っていた。
そうだ。言う通りだ。旧友と友好を維持して何の役に立つのだ、営業の電話をする為か。宗教の勧誘か。人脈維持か。
でも、思う。俺はそんな大人に憧れたか?人を常に物差しで見て、屍を踏み台にして、社会的地位が欲しかったのか。いい店で飯を食い、いい女、いい車、別荘。それも大事だろう。でも、失いたくないものを失ってまで、守りたいものを守ってまですることじゃない。
そうだ。それが正しいのなら、俺は悪を選ぶ。
「メリット、デメリットじゃないんだよ、ここは」
「え?」
「友人との仲を維持できなくて、なんのための人生だ。俺は胸を張って、息子に大事なことを教えられない」
「そうだな。俺も親として男として、熱い想いを伝えられない」
「協力してほしい。GWだ。復活の狼煙をあげよう。今日から俺たちがSTARSHIPだ」
終