「もうすぐユリスマスだね」
「もうそろそろ、ユリスマスの時期だねぇ」
十二月も半ばに入った頃、同じクラスの友人――美空唯希が、教室の窓の外を見ながら、そんな事を呟いた。
「ん? ああ……、そうね、クリスマスね。ユキは予定あるんでしょ?」
我ながら、妙な聞き間違いをしたものだと思いながら、ユキの話に乗る。
「ハルちゃん、違うよ。ユリスマスだよ、ユリスマス。クリスマスなんて言ってないよ」
ユキは、私の方に向き直る。
ショートカットの髪が揺れ、屈託のない笑みがこぼれた。
――はて、ユリスマスなんて行事、聞き覚えがないのだが……。
「それって、クリスマスとどう違うの?」
ユキはその質問に、「う~ん」なんて言いながら、唇に指を当てて考える。
「クリスマスは恋人同士がイチャイチャする日で、ユリスマスは、女の子同士がイチャイチャする日かな?」
ユキは、ふんわりとした笑顔を浮かべながら、なかなかとんでもないことを言い出す。
ユリスマスのユリとは、ネット界隈で言うところの女性同士の同性愛――百合の事だったか。
そもそもクリスマスが恋人同士イチャイチャする日だなんて、誰が決めたのだろうか。そんなものは、好きな日に勝手にやっていればいいのに。
「別に恋人同士がイチャイチャするクリスマスと変わらないじゃない。世の中には色んなカップルがいるんだから……。そういう人達も恋人と呼んでもいいはずよ」
「全然違うよ。女の子同士がイチャイチャする日なんだから、私とハルちゃんがイチャイチャしてもいいんだよ」
私の反論に頬を膨らませる、ユキ。
「いや……、イチャイチャしてもいいって言われてもね。――しないよ?」
ユキの言動は、時たまよくわからない事がある。いわゆる、天然系なんだと思う。
「なんでー! つまんなーい! イチャイチャしよーよー!」
子どもの様にだだをこねる、ユキ。
「声が大きい! まったく、また周りから変な目で見られるじゃない」
私、澄川ハル(すみかわはる)が、美空唯希と話をするようになったのは、桜吹雪の舞う通学路で、一人物憂げに、学校とは反対方向に歩く彼女が気になって――――。
――ごめん、嘘ついた――
何てことはない、席替えの時に隣になったのがきっかけというだけだ。別にそんな物語が始まりそうな出来事なんてなかった。
ぱっと見、ユキはモデルかと思うくらいに、背がすらっとしていて、大人びて見えるのだが、性格が子どもっぽい。
対して私は、小柄で、よくて中学生、場合によっては小学生と間違われる程だった。もちろん、そのような失礼な間違いをする輩には、悔い改めさせる事にしているけど。
私は、ユキのこのゆるりとした空気が、何となく居心地よかったから、こうして放課後になっても、だらだらと一緒に過ごすような関係になったのだと思う。
それはいいのだが、ユキはこの様に、聞く人が聞けば、ギョッとするような事を平気で言うものだから、いつも一緒にいる私達は、時折、カップルの様だ――正確には、バカップルだったかも――と揶揄されるのだった。
――まあ、別に気にしてないけど。
「それに、イチャイチャって具体的に何をするのよ」
一緒に鍋でもつつくのかしら? それだったら悪くなさそう。すき焼き、しゃぶしゃぶ、寄せ鍋、ああ、チーズ鍋なんてのもあったなぁ。う……、お腹がすいてきた。
「一緒にコタツ入って――」
うんうん。冬はコタツにみかんよね。
「ケーキ食べて――」
そうそう。クリスマスといったらケーキを忘れちゃいけないわ!
「食べさせ合いっこして――」
あー、種類いろいろあるヤツだと、ほかの味も気になるしね。
「愛を語り合うの!」
「ふぁっ!? それ、私とユキが語り合うってこと? 愛とはなんぞや、って問答でもしたいのかしら」
そうよ、私達は学生なんだから、色恋に現を抜かしている場合じゃないの。学生の本分は勉強よ! クリスマスは哲学を友人と語り合う日。なんてすばらしい日なのかしら。
――定期考査の追試を控える私が言うと、とても白々しく聞こえるけど。
「違うよ。好きだよ~とか、いつまでも一緒にいようね~とか言い合うんだよ」
「私とユキで?」
「うん、ハルちゃんと私で」
ユキは、身を乗り出して、笑顔で見つめてくる。
……マジか。ちょっと想像してみたものの、なんか、すごく、虚しい。
「ていうか、ユキは許婚がいるんだし、あの『王子』とイチャイチャしてればいいじゃない」
そう、ユキには通称『王子』と呼ばれる、サッカー部、イケメン、お金持ち、それでいて嫌味がないという完璧超人な許婚がいるのだ。
かくいうユキも、いいとこのお嬢様だったりするのだが。
「別に親が勝手に言ってるだけだから、私には関係ないもん。彼のこと、そんなに好きじゃないし」
ツンとした表情でユキは髪をくるくると弄ぶ。
私は、ユキのこの態度は、親への反抗心から来てるものと見ている。私としては結構お似合いだと思うのだけど……。
「そんな事はいいから、ユリスマスパーティーしよっ♪ ハルちゃんと私の二人きりで!」
ユキは、目を輝かせているが……。
「それは、私の追試がうまくいってから考えるわ。そこでアウトならクリスマスはナシだって言われてるし」
今年の春前に結婚したばかりだという、担任の笹山が自身のクリスマスを潰して補習を行ってくれると言うのだから、大変有り難い話である。ひとりのリア充を引きずりおろす事ができるのだ。やーい、ざまぁーみろー。
「それなら大丈夫でしょう? たまたまその日、体調崩してただけなんだし。と言うか、三限目までよく耐えたと思うよ。えらい、えらい」
ユキは、そう言って私の頭を撫でてくる。
情けないことに、勉学に夢中になり体調管理が疎かになっていたらしい。その結果、考査二日目の最終科目で、見事にノックアウト――保健室行きとなったのだった。
数字と化学式が手を取り合って踊っている光景を私は忘れないだろう。
「そうなんだけどね……。元々、化学は得意じゃないのよ。ああっ、最後が国語か英語だったらなぁ! こんな不覚取らなかったのに!」
思い出したら悔しくなってきた。だが例え、国語でも、登場人物と対話を始めるくらいしてたかもしれないので、一概には、うまくいっていたともいえないのだ。
「だいじょぶ、だいじょぶ! いざとなったら袖の下を使うから」
「あはは……。ユキが言うと冗談に聞こえないから困るわ。私は、笹山に札束でビンタする役を志願しておこうかしら。あれ、いちどやってみたかったのよね」
「――私にやってみる?」
「やらない」
ガーンと口にしながらオーバーリアクションで机に突っ伏す、ユキ。
「まぁ、冗談はさて置き、クリスマスパーティーの為にも、追試をやっつけちゃいますか」
ユキは、その一言にガバッと上半身を起こし、そのまま万歳をし始めた。
「わぁい、ハルちゃん大好き! ところで追試っていつなの?」
「明日」
「おぉぅ……、ハルちゃんって結構大物だよね」
「ギリギリじゃないと本気を出せないのよ。今日の夜中が勝負ね」
復習程度で大丈夫なハズ、たぶん。
そんなこんなでお迎えの来る時間になり、私とユキは並んで校門前まで移動する。
普段は遠慮しているのだが、雨の日と雪の日は、ユキのお迎えのお相伴にあずかり、送ってもらっているのだ。
外は昨日の大雪で、真っ白――というわけでもなく、消雪パイプからでた水が雪に吸われて、ビチャビチャのお世辞にも綺麗とは言えない有り様であった。
「はぁ、この時期は嫌ね。歩道は雪で埋もれているし、車道は水掛けられるし、寒いし、疲れるし、外にでたくないわ」
「そうだねぇ。冬の間だけでもウチの子になる? 送迎あり、三食昼寝付きだよ」
「アルバイト募集のうたい文句みたいね。でもそれは、私の両親というか、特にパパが泣いちゃうから遠慮しておくわ」
ちぇー、なんて言いながら口をとがらせる、ユキ。
そんな事したら、それこそ名実共にバカップルとなってしまうだろう。
ユキは校門前に止まっている、黒塗りのスマートなワゴン車に手を振る。
中から上品な面持ちの初老の男性が降りてきて、車のドアを開けてくれる。
「お帰りなさいませ、お嬢さま方。今日もお疲れさまでした」
「ただいま、竹中さん。お迎え、ありがとうございます」
「すいません、いつもありがとうございますー」
ユキに倣って、私も竹中さん――いわゆる、執事らしい!――に感謝を述べる。
「いえ、それが私の喜びですので」
竹中さんはそんな事をサラッと言える、何とも素敵なオジサマなのだ。
今時の男子にも見習ってほしいものである。
「ねえねえ、じぃじ。クリスマスパーティーをしたいんだけど、いいかなぁ?」
学校を後にし、その車中、ユキは甘えた声を出し、竹中さんにクリスマスパーティーの許しを求めていた。
「ぬぬっ、クリスマスパーティーでございますか……。失礼ですが、お嬢さま、どなたとなさるおつもりで……?」
竹中さんは、警戒するような口調で、ユキに探りを入れる。
公私混同しない執事の鑑のような人だ。そう易々と、許可はおりないのでは……。
「私と……、ハルちゃん! 以上!」
「おお! もちろんいいですとも! じぃじに手伝えることがあれば、何でもお申し付け下さいませ」
いいんか~い! と、心の中でツッコミを入れる。
竹中さんは、自分の事のように喜んでくれていた。
「やったー! じぃじ、大好き!」
「感謝感激、恐悦至極に存じます」
ほっこりとした表情を浮かべる竹中さんは、孫を溺愛するお爺ちゃんのそれと似ていた。
この笑顔を守るためにも明日は頑張らねば……。
翌日、追試を終えたのだが、結論から言うと――チョロかった。
全く同じ内容の考査だったので、十分もかからなかったのだ。
強くてニューゲーム万歳。
ちなみに、笹山は他の追試落第生の補習を行うため、クリスマス中止らしい、あはっ♪
追試の為にほかの生徒は、下校を促されており、ユキも先に帰っていた。
某通信アプリで、ユキに報告すると、何回かに分けて長文が送られてきた。
要約するとこうだ。
『プレゼント交換しようね』
…………一文でいいような気がする。
ユキの文面は、絵文字顔文字デコ記号なんでもござれなのだ。
対して私は、『おっけー(にこにこしている顔文字)』の一文である。ほかの子に合わせて、顔文字を多用する事もあるが、物凄く疲れる。
そういった意味でも、この一文で納得してくれるユキは、私にとって気の置けない友人なのだと思っている。
まぁ、別の意味で疲れる事はあるのだけど。
それにしても、プレゼント交換か……。小学生の頃に、一度やったきりだったと思う。あの時は、大勢だったから、音楽に合わせてプレゼントを隣に回していく感じでやったのを覚えている。
確か、文房具セットがウサギの顔の髪飾りに化けたのだった。
今でも大事に机の奥にしまっている――一度も出番のないままね。
……だって仕方ないじゃない。私がそんなの付けてたら、確実に小学生の低学年に間違われてしまう。
そういうわけで、送るプレゼントには気をつけなければならないのだ。特に、ユキはいいところのお嬢さまなんだから、下手な物はあげられない。
とはいえ……、予算を考えると厳しいものがある。
「……とりあえず、見てから考えよう」
私は一人、ショッピングモールに入っている雑貨屋などを見て回る事にした。
「ヤバッ、かわいい~」
――え、どこが……?――
「おお! 可愛いじゃん」
――絶対、そんな事思ってないでしょ――
……いけない、カップルの会話にツッコミを入れてる場合じゃなかった。
私は、全く可愛げを感じない、カエルのアロマディフューザーを横目に、その店を後にする。
あれこれ見て回ったのだが、結局、ピンと来るプレゼントが思いつかなかった。
――こうなったら、頭にリボン付けて、『プレゼントは、わ・た・し(はぁと)』ってやるしか……――
…………、ドン引かれても悲しいし、ノリノリで首輪付けられても困るので、この手の冗談はやめておこう。
――その時、風に乗って鼻腔をくすぐる甘い香りが漂ってきた。
私は、スンスンと鼻を鳴らし、その香りに誘われるように、ある店の前までやってきた。
「ほわいとりりぃ……? こんな店あったかしら」
私は、英字で『白百合』と題された店に興味本位で入っていった。
「いらっしゃいませ~。どうぞゆっくりみていってください」
愛想のいい店員さんに迎えられ、私はぎこちない会釈をして、小ぢんまりした店内を見て回る。
小物、アクセサリー、お菓子……? 御札!? などが陳列されている。このお店は、雑貨屋といったところだろうか……?
――雑貨というより、雑多ね……――
その中で、キラリと光る物が目に入った。
「あ……。これ、可愛いかも」
雪の結晶を模した、片側だけのイヤリングで、何となくユキに似合いそうだと思った。
「そちらは、ブラックスターサファイアを中心にあしらった、私の自慢の銀細工――名付けて『ホシゾラに舞う雪』ですわ。――『銀雪の騎士』も捨てがたかったのですが……。あ、いえ、こっちの話ですわ。……コホン、こちらのイヤリングは、魔を払い、持ち主を災厄から護ってくれる、まさしく、ナイトのような――、やっぱり、『銀雪の騎士』にしたほうがよいのでしょうか……?」
銀色に輝くツインテールのお姉さん――と言っても、年齢は私とそんなに変わらなさそうだけど――は、思案するように口をとがらせる。
正直、そんなこと聞かれても困るのだが……。
「えと……。友達――女の子に、プレゼントしたいので、『ホシゾラに舞う雪』の方が、可愛いかな~、なんて……」
私は、つい、真面目に答えてしまう。――ていうか、渡すときにイヤリングの名前なんて言わないでしょ、普通。
「なるほど……。確かに、この子のイメージは女の子でしたわ。それなら、可愛い方がいいですわね! ええ、なんだかしっくりきました」
お姉さんは、納得したように、何度も頷いている。
「うんうん、よかったよかった。それじゃ、私はこれで」
面倒な事になる前に、この隙に、逃げてしまおう。
私は、お姉さんに手を振り、店を――――
「お、お待ちください! ……あの、こんな事言うのは差し出がましいのですが……、この子を、あなたのお友達の贈り物にして頂けませんか……?」
お姉さんは、目をうるうるさせ、私の両手を握ってきた。
マズい、これは断れなくなるパターンだ。ローン組まされちゃうヤツだ! に、逃げなきゃ……!
「ご、ごめんなさい! 私、そんなにお金もってないんです! ローンとかも組むなって言うのが、先祖代々の言い伝えで――」
「さ、三千円で如何でしょうか!?」
お姉さんも、生活がかかっているのだろう。私の手をしっかりと握って、高値をふっかけ――――って、三千円?
……奇しくも、予算ピッタリだった。
「も、申し訳ありません。タダでは受け取って頂けない……と、思いましたので……」
私の訝しげな顔をどう取ったのか、お姉さんは低姿勢な態度を続けている。
む……。確かに、知らない人から、タダで物を貰うほど、怖いもの知らずではないし、そもそも、タダで貰った物を贈り物にはしたくない。
うーむ。私的には、渡りに舟ってヤツなんだけど……。
「でも、いいんですか? 三千円で買えるような代物じゃなさそうですけど……」
特にこの石――キズや曇りがまったくなく、店の照明に反射して十字の輝きを放っている――だけでも、三千円は超えそうな物だが……。
「お客様から頂いたインスピレーションこそ、何よりの報酬ですわ! さぁ! 是非とも! この子をお嫁に貰ってくださいまし!」
ずいずいと、顔を近づけるお姉さんの赤い瞳――まるで、人形の様だ――に、吸い込まれそうになる。
「わ、わかりました! お嫁に頂きますから!」
値段と熱意に負け、首を何度も縦に振る。
結局、ラッピングまでして貰い、私はプレゼント確保という目的を達成した。
店員さんは、私を見送ると店じまいをしてしまった。
――なんでも、今から作品づくりに取り掛かるらしい。
「なんだか、変な人だったわね……。あれでお店やっていけるのかしら……。まぁ、それでも――」
私としては、イメージ通りのプレゼントを選ぶことができたので大満足だ。
――願わくは、次来た時も、お店がありますように。
そして、クリスマス当日。
お迎えの来る約束の三十分前――、私はまだ、着る服に頭を悩ませていた。
ドレスなんて上等な物持ってないし、制服はナシでしょ。
ぐぬぬ……、こんな事なら自分の服も見繕っておくんだった。
『着ていく服が決まらない(汗) へるぷ(涙)』
ユキなら、ドレスコードの何たるかを教えてくれると信じて、通信アプリで救援要請を送る。
すぐに返事が返ってきた。さすがユキ! 頼りにな――――
『ハルちゃんなら、何を着ても可愛いよ!』
頼りにならねぇ! あと、ハートマークで文字が埋まってるし! この短時間に、どれだけハート連打してるのよ!
……もう、普通の私服でいいわよね?
ブラウスの上に白いセーターを着て、黒のミニスカート、ニーソックスを穿く。黒のクロスチョーカーをつけて完成!
私は、こうと決めたら行動が早いのだ。
約束の時間と同時にチャイムが鳴り、カバンを引っさげて、玄関をでる。
「ハルお嬢様、お迎えにあがりました」
正装に身を包んだ初老の男性――竹中さんが、私にお辞儀をした。
「お、お嬢様って……、オセワニナリマス……」
私も深々と頭を下げる。
一般的なクリスマスパーティー基準では考えが甘かったか。やはり、この服装じゃあ、失礼なのでは……。
「あのぅ……、この服、変じゃないですか……?」
「とんでもございません。大変よくお似合いですよ。……ああ、心配なさらずとも、今日はお嬢様方お二人だけのパーティーですので、そこまでドレスコードを意識なさらずともよろしいかと」
竹中さんはにっこりと微笑み、車のドアを開けてくれた。
「ほっ。安心しました――――って、リムジン!?」
そう、私の目の前に姿を現したのは、映画でしかお目にかかった事がない、黒塗りのリムジンだった。
これでは意識するなという方が無理だろう。
「はっはっは。ユキお嬢様からのさぷらいずという事で、リムジンでお迎えにあがりました。どうぞ、おくつろぎくださいませ」
竹中さんは、イタズラの成功した子どもの様な笑顔で笑う。
「あは、あはは……。シツレイシマス……」
私は、ガチガチになりながら、リムジンに乗り込む。
「めりー! ゆりすまーす!」
「なにごと!?」
突如、何者かに抱きつかれ、私は仰天した。甘い花の様な香りを漂わせる、この人物は――――
「ユキ! もう、びっくりしたじゃない。飛び上がって、天井に穴をあける所だったわよ。……って、サンタさん……?」
驚いて顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、赤色のニットワンピ――白いぼんぼんがアクセントになっている――にサンタ帽子を被ったユキだった。
「そうだよ~。可愛いでしょ?」
ユキはぴょこんと跳ね、白いぼんぼんを揺らす。
その姿は、同性の私から見ても可愛らしく、僅かばかりキュンとしてしまう。
「うん、すごく似合っているわ。なんだか妬ましいくらいに……」
タイトなニットワンピから浮き出るユキのボディラインをジト目で眺める。――ユキの動きに合わせて揺れたのは、ぼんぼんだけではなかったのだ。まったくもって妬ましい。
「そ、そうかな……。ハルちゃんも、とぉっても可愛いよ! このまま、お家にお飾りしたいくらいに……」
でへへと笑うユキの口からは、よだれが垂れている。
「はいはい……。それで……、この後はどうするの?」
私は、革張りの座席に腰掛け、落ち着きなく車内を見回す。
――実際、落ち着かないのだから仕方ないじゃない――
「ちょっとドライブしたら、お家でご飯食べよ! その後は、ダラダラと~」
――要するに、普段通りである。
「了解よ。せっかくですもの、セレブ気分を十分に味わわせて貰うわ」
開き直ってふんぞり返ったものの、五分と持たずに、手はお膝状態になった。――私は、小市民からは抜け出せないらしい。
一方、ユキはというと、これまたソワソワと落ち着きがない。
どうやら、自分の抱えている包みを、チラチラ見ているようだ。
「それって、もしかしてプレゼント……?」
「う、うん……。あはは、どのタイミングで渡そうかな~って……」
ユキは、耳まで真っ赤にして、視線を落とす。
布製の袋は赤いリボンで結わえられており、それを持つユキは、本物のサンタさんみたいだった。
「じゃあ、今、プレゼント交換しちゃいましょ」
「えっ!? でも、まだ心の準備が出来てないと言うか……、ちょっと失敗しちゃったと言うか……」
ユキは、モジモジしながら、包みをギュッと抱きしめる。そんなユキを見ていると、イタズラ心の様なものが湧いてくる。
「じゃあ、ユキは私のプレゼントが気にならないんだ……?」
私は、カバンを開けて、中のプレゼントをチラリと見せる。
ユキは好奇心を抑えられないネコの様な顔をして、カバンの中身を注視している。
「あ……ぅ……。すごく……、気になります。わ、わかったよ! 交換しよう!」
まるでラブレターを手渡しする女の子の様な格好で、プレゼントを差し出す、ユキ。
私もそれに倣い、両手で受け取る。
「ありがたく頂戴いたします」
――うん、これじゃあ、卒業証書を貰うみたいだ。
「それじゃあ、私も……」
カバンから包みを取り出す。だが、ここにきて、なぜか緊張してきた。
自分の包みをジッと見つめて考える。
――気に入られなかったら、どうしよう?――
ユキも同じ葛藤をしたのだろうか?
ユキの方をチラリと見ると、キョトンとした顔で、こちらを見ていた。
ええい、なるようになれよ!
「ささ、お代官様。どうぞお納めくださいませ……」
「え? あ……、おお。越後屋、お主も悪よのぅ」
照れ隠しのつもりが、余計に恥ずかしくなった。
お互いが、相手の手の中にあるプレゼントを見つめて、微動だにしない。――このままでは、らちがあかない。
「えっと……。いっせーのーで、で開けましょう」
「うん……。わかったよ!」
「「いっせーのーで!!」」
「おおっ!?」「わぁ……」
私たちの口から、それぞれ違う感嘆の声が漏れる。
「すごくキレイ……。本当にこんないいもの貰っていいの?」
ユキは、イヤリングを手に取り、うっとりとした表情で眺めている。
「ユキに似合うかなって思って……。喜んでもらえてよかったわ」
「うん! すごく嬉しい! えへへ……、早速つけちゃった」
ユキは、左耳につけたイヤリングを、髪をかきあげ、見せつけてくる。
イヤリングの中央に埋め込まれた黒色の宝石が、車の窓から流れ込んでくる光に反射して、十字の輝きを放つ。
子どもの様にハシャぐ姿に、私は暖かい気持ちになった。
今度は私が、ユキのプレゼントを手に取る。
ユキから貰ったプレゼントの中身は、白と黒が格子模様を描く、上質な手触りの生地が折り畳まれた物だった。
「ズバリ、マフラーね! しかも、手編みとはさすがユキ――」
手にとって広げると、思ったより大きい。――あれ、ブランケットだったかしら。
「ううぅ……。マフラーのつもりだったんだけど、つい夢中になっちゃってこんな事に……」
ユキは、真っ赤な顔を両手で覆い隠している。
「あ、あはは……。ちょうど膝掛けが欲しいと、思ってたところだったのよ! むしろナイスよ! それにしても、すごく肌触りがいいのだけれど、生地はどんなのつかったの?」
て言うか、未だかって体験したことのない触り心地なのだが……。
「カシミヤだよ~」
「へぇ……。よくわからないけど、カシミヤってスゴいのね」
――――後で、分かったことなのだが、カシミヤはとっても高価な生地らしい。そりゃあ、こんだけ素晴らしい肌触りなら当然といえば当然か……。まぁ、そんな事はつゆ知らず、二人でハシャいで、かぶり合ったりしていたわけなのだが――――
「お嬢様方、とっておきの場所につきましたぞ」
竹中さんが車を止め、ニッと笑う。
ユキに促され、外にでると、そこは町を一望できる、小高い丘の上だった。
「「わぁ……」」
色とりどりの灯りが眼下に広がり、遠くの方には灯台に照らされる冬の海が見える。
その幻想的な光景に、言葉も忘れて見入った。
夜空を見上げれば、オリオン座が輝き、その星の一つが冬の大三角形を形作る。
「あ……、雪降ってきたね」
天使の羽根のように舞い落ちる雪が、夜空に輝く。
「あ、そういえば……。そのイヤリング、『ホシゾラに舞う雪』って名前らしいわ。店員のお姉さんが言ってた」
「そうなんだ。なんだか今の状況にピッタリな名前だね。……ありがと、ハルちゃん」
ユキは目を閉じ、感慨深い表情で感謝の言葉を呟く。
「私の方こそ……。ありがとう、ユキ。いいクリスマスになったわ」
吐く息は白く、冷たい空気に頬がピリピリするけれど、心はこれ以上ないくらいに暖まっていた。
「ふふっ……。メリーユリスマスだよ、ハルちゃん」
ユキが私の肩に身を寄せて、微笑みかける。
星空に舞う雪が、キラキラと輝きながら街に降りていく。
ソラはどこまでも遠く、無限に広がり、私という存在が消えてしまいそうなほど小さい事を思い知らされる。
だけど、肩から伝わるユキの体温に、実感できた。
――私は、確かに、ここにいるのだと……。
――まぁ、こういうのも悪くないわね――
少し照れ臭いけれど、私は、ユキを見上げて言う。
「メリーユリスマス、ユキ」
この後、滅茶苦茶、鍋食った。