第二話
眠い目を擦りながら、一人の少年が来るのを待っていた。
というのも、その少年は招かれたのではないし、待っているという表現はいささか齟齬が生じてしまう表現なのだが、まぁつまりはあの少年を待っていることには変わりないので、そのまま待っているという表現がやはりしっくり来るのだろう。
ただ、男としてはその少年が此処、都内の高層ビルの七階に来るまでに何らかの負傷を負っているか、既に死んでいるという結果を期待しているため、待っているという表現はやはりおかしいのかもしれない。
一応待ってはいるけれど、待ちたくて待ったいるわけではない、というのが最も適切なのかもしれない。
唯、最近は全く、この銃、AK―47を使用していない。
今時、このロシア製アサルトライフルは古いと笑われてしまうのかもしれないが、最もしっくり来る銃だったし、なにより、スタンダードで不器用な自分でも使いやすい。
この銃となら死ねると思うし、この銃とならどんな敵にも勝てると思う。
その二つは矛盾しているが、自分の気持ちには矛盾していない。
だから、自分としては少年を待っていないが、この銃は少年を今か今かとまっていることだろう。
一発の弾丸を吐き出し、少年に直撃させることだけが生きがいであるこのアサルトライフルは、敵を殺すために存在する。
自分はそれを手助けする立場であり、決して自分がこの銃の使い手だとは思わないようにしている。
むしろ、自分はこの銃に使われていて、銃の意思のままに引き金を引く存在。
それが自分なのだ。
「ん?」
そうやって物思いにふけていると、このフロアにいる全員の無線機がけたたましく鳴る。
ノイズがあまりにも大きいため、何かを叫んでいる男の声はまるで聞き取れず、戦闘が始まったのかということだけを連想させる。
それにしても、ここに来る少年というのはどういう風貌をしているのだろうか。
情報によるとかなりいかつい、体格の良い少年だと聞いているが、もしそうだとすれば接近戦では敵わないかもしれない。
そうなると、接近される前にこの愛銃で射殺しなければならない。
といっても、勿論相手は少年一人でなく、少年の相棒という噂が立つ少女と、その少女が中心となって構成された正体不明の部隊もここに来るらしく、とても迷惑な話だが、混戦になるのは目に見えていた。
だから今宵は、このビルの社長が持つありったけの資金を使って自分達の武装強化が行われたし、何人かは海外から、派遣兵士という形でこの部隊に入隊している。
つまりは総力戦なのだ。
だからといってどうというわけではないが、まぁ、今日は死ぬかもしれないということだ。
死を覚悟するという言葉があるが、それは言い得て妙だと思う。
いずれ死が来るという事実は受け入れられるのに、今すぐ、あと何分かで自分の命が尽きると思うと、なかなか受け入れ難いものがある。
死を受け入れることは出来ても、死を覚悟することは出来ない自分にとっては、数分後にやってくる地獄を受け止め、生き延びる努力をするだけになるのだろう。
そして、ここで言う生き延びる努力というのは敵を出来るだけ殺し生き残るというものであり、決して許されるようなことではない。
自分は社長の駒であり、単なる手札でしかないが、このゲームには将棋やトランプのようなややこしいルールは無い。
死ねば負け。
それだけなのだ。
だから自分はこんなにも冷静でいられる。
死は終わりでなく、敗北。
勝利の逆。
それだけなのだ。
「敵と五階で交戦中!」
何処かからそんな声が聞こえ、七階にいる全員の顔が自然と引き締まる。
おもぅったよりも敵の戦力は大きいようで、新人兵士が多い下層部はあっさりと全滅したようで、もう既に自分の耳に銃声が届くぐらい、敵は近づいてきていた。
自分はこのオフィスビルで死んで、それからどうなるのだろう。
そんなことを思いながら、銃を構える。
六階から七回へと続いている階段の扉の前で数人が銃を構え、自分はそれよりも数メートル離れた位置で構える。
さぁ、戦闘開始だ。