地下組織
街中に爆発音が響き渡る。
それに続いて、逃げる人の波がどっと押し寄せて来た。
そして、再度の爆発。
古い建物が立ち並ぶ美しい街並みが、一瞬にして瓦礫の山と化して行った。
「派手にやってるね」
その逃げ惑う人々を見下ろすようにして、高い建物の上に二人の男が立っている。
呆れ声で呟く盟友に、傍に立つ男は興味なさそうに「行くぞ」とだけ言って身を翻した。
「まだ下にいる者がいるよ」
それに答える声はもうなく、彼は諦めたように肩をすくめた。
「まあ、そのうち帰って来るか」
二人の影が建物から消えた時、また爆発音が轟いた。
その二人が眺めていた所では……。
「ヴァウリス!行き過ぎだっ」
仲間の苦言も意に返さず、体格のいい男は突き進む。
「王軍が来るまでは引けねえ!」
「ヴァウリス!」
瓦礫の山を軽々と越えて、ヴァウリスと呼ばれた男は辺りを見渡した。
「やりたい放題やりやがって!」
まだ土煙の上がる通りには、怪我をしてうずくまる人が数名いた。
「マット!救援隊に連絡しろ」
やっと瓦礫のてっぺんに辿り着いた仲間に言い置いて、ヴァウリスはまた走り出した。
呻き声をあげる人をちらりと見ていたましそうに眉を顰め、足を早めた。
「ヴァウっ。あんま勝手なことすんなよ!」
マットと呼ばれた仲間が声を張り上げた時には、彼の姿はもう通りの角に消えていた。
「この区画は全滅だな……」
スカーフを口の周りに巻いて砂埃をやり過ごしながら、ヴァウリスは崩れた家々の間を走るのをやめて歩いていた。
190はあろうかという体格の良さを生かして、大きな瓦礫を一つ一つ持ち上げては、生存者がいないか確認していく。
しかしそこには怪我人どころか、遺体すら残されていなかった。
「どういうことだ?」
ここの住人は皆逃げおおせたと言うのだろうか。
けれど、あの攻撃では咄嗟に動けない者もいたはずだ。
そう思うから、ヴァウリスは諦めずに生存者の捜索を続けて行く。
しかし成果は一向に上がらなかった。
「どういうことか分からねえな」
ヴァウリスは頭をガシガシ掻きながら不満を口にする。
と、その時。
ドドドという地響きが通りの向こうから聞こえて来た。
「王軍か……」
そろそろ潮時だな。
王軍の騎兵隊と言えば、近隣に知れ渡る精鋭部隊だった。
「捕まったら元も子もねえからな」
ヴァウリスはとりあえず捜索を王軍に託し、仲間のところへ引き返すことにした。
騎兵隊の先鋒がはっきりと見え始める。
ヴァウリスは忽然とその場から姿を消していた。
しばらくして。
どこかの建物の一室で……。
「誰もいなかった?」
相手にギロリと睨まれ、ヴァウリスはうっと言葉をつまらせた。
その相手というのはファリシュ・ミューラー。類稀な容貌の持ち主だった。
碧眼の双眸。頬に影が映るほどの長いまつげ。
これ以上はないと言うほどに整った輪郭と鼻、眉、唇。
その美貌にあつらえたかのように思える、流れるような白銀の髪。
(ほんと。なんだって、この人。男なんだろ)
ヴァウリスは相手の怒り度数を推し量りながら、聞けば本人から確実に制裁を受けるだろうことを考えていた。
しかしこれはヴァウリスに限ったことではなく、同僚のほとんどが同じ思いを抱いているのではあったが。
やはり当人には決して言えない事柄だった。
いつもは柔和なその表情を一変させ、その奇跡の美貌の持ち主はヴァウリスを睨みつけている。
いや。睨まれているというのは、ヴァウリスの思い込みなのかもしれない。
ただ単に、この美しい上司は、ヴァウリスの真意を探ろうと意識を集中しているだけなのかもしれなかった。
けれどヴァウリスは、この上司の二面性を知っていた。
目的によって、いくらでも非情になれる人であると知っているのだ。
その碧眼の視線を一身にうけて、ヴァウリス感じたことのないくらいに緊張していた。
こんなことなら、王軍に捕まった方がマシだったなどと思いながら。
「あのう、ファリシュ?」
「なんです? ヴァウリス」
「俺の言ったことは本当だぜ」
「何故、念を押すのです? 私はあなたの報告を疑っていると言いましたか?」
「い、いや。あんたが俺を睨んでるからさ。てっきり怒ってんのかと」
「怒っていないとでも?」
「え、やっぱ、怒ってんのか?」
「あなたがまた、規律を破って勝手な行動をしたことに対しては、とても怒ってますよ」
「お、おう」
「けれど、あなたの報告を疑ってはいません」
「あ、そ、そうなの?」
ヴァウリスはほっとして、頭一つ分低い相手に向かって愛想笑いを浮かべた。
「ま、それとこれとは別ですから、あとで規律違反に関する罰則は受けてもらいます」
「や、やっぱり」
ファリシュは当然だと言いたげに、にこりと笑った。しかし目が全然笑っていない。
それに気づいたヴァウリスの背に悪寒が走った。
(ああ、怖え!)
これはもう、早々に話を切り上げて退室するしかないらしい。