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紅い実に導かれし乙女たち  作者: 藤原ゆう
プロローグ
7/15

マリの場合

マリの場合

 目の前に座る男とどうして付き合うことになったのか、マリはそればかりを考えていた。

 取り立てていい男というわけでもない。

 むしろタイプじゃない。

 ちょうど彼氏が途切れて暇だった、ということもある。

 それは大いにある。

(ま、何よりお金持ってるっていうのが一番か)

 本人が聞けば泣くようなことをさらりと思って、マリはカプチーノを口に含んだ。

 彼はずっと喋り続けているが、マリの耳には一向に入らない。

 時々適当に相槌を打てば、彼はそれで満足することを知っているからだ。

(とんだ、バカ男だわ)

 ふふんと鼻で笑って、ちらりと目をやれば、彼と目が合った。

(え?)

 ドキッとして、カップを口に付けたまま固まってしまった。

(なんで、こんな悲しそうな顔で見てんのよ!)

 彼はふっと目線を下げ、しばらく何かを逡巡していたかと思うと、思い切ったようにマリを見た。

「マリちゃんは、俺といてもちっとも楽しそうじゃないよね」

「え?」

「だって、いつも俺ばかり話してて、脈絡に合わない相槌打って。そんなの俺と一緒にいる意味ないじゃないか」

「それは……」

 そうだけど……。

 思わず肯定しそうになって、マリは咄嗟に言葉を飲み込んだ。

 これを言ってしまえば終わりだということは、いくら彼女でも分かっていた。

 けど、彼は雰囲気で感じ取ったのか。

 まるで泣き笑いのような顔になり、「もう、終りにしよっか」と呟くように言ったのだ。

「は?」

 今まで出したことのないような声を出してしまい、慌てて口を押さえた。

「お互い、その方がいいと思うんだ。俺もマリちゃんも、次に進んだ方がいい」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。何一人で思い込んで結論出しちゃってんの?」

「俺はもう、ずっと我慢してたんだ!」 

 店中に響き渡るような声だった。

 隣の人が思わず振り返るくらいの。

 マリは呆気に取られて、口が開きっ放しになっているのにも気付いていない。

「少しでも長くマリちゃんといたいから、ずっと我慢していたんだ。君がつまらなそうにしてても、何とか盛り上げようと思って話題を作って。でもね、もうそういうのにも疲れたよ。恋人って、こんなんじゃないだろ。お互いがもっと思いやってないと。俺たちにはそれがないじゃないか。だからね、もう、さよならしたいんだ」

 彼の真っ直ぐな視線がマリを射抜く。

 茫然自失の彼女に、彼は「さよなら」と終わりを告げて立ち上がった。

「ま、待ちなさいよ」

 彼女の絞り出すような声に、立ち去ろうとしていた彼が立ち止まる。

「勝手に言いたいことだけ言って帰るわけ? 馬鹿にしてんじゃないわよ。あんたから告ってきたんでしょ。だったら最後まで責任持って付き合いなさいよ」

「君は……」

 振り向くと、彼の呆れたような顔があった。

「人と付き合うのに、順序なんて関係ないだろ。二人が思いあってるってのが一番大事なんじゃないか。俺たちにはそれがなかった。だから別れるんだよ」

 もうこれ以上話しても無駄とばかりに、彼はさっさと支払いを済ませて店を出て行ってしまった。

「な、何よ……。あんたが私と付き合いたいって言ったんじゃない……」

 零れそうになる涙をぐっと我慢して、マリはカプチーノを飲み干した。

(男なんて貢いでればいいのよ)

 なのに余計なことを考えて、挙げ句の果てに私をコケにして!

 悲しみを怒りに変えて、マリは立ち上がった。

 そうして彼女は自分の気持ちすら誤魔化して生きている。



 翌日キャンパスを歩いていると、彼が可愛らしい女の子と楽しそうに歩いているのに気が付いた。

(そっか……)

 胸のあたりがキュッと痛んだ。

 誰だって楽しい方がいいに決まってる。

 マリは教室に向かおうとしていた足を止め踵を返した。

 校門を出ようとしたところで、「ルカー。教室そっちじゃないよ」という声にちらりと視線をやった。

 照れたような笑いを浮かべているのが"ルカ"だろうか。

 そして数名で連れ立って教室棟の方へと歩いて行った。

 ふっと小さくため息をついた。



 私には……。

 私には、ああして引き留めてくれる友達もいない。

 どこで、どう間違ってしまったのか。

 分からないくらいに、後戻りの出来ない所まで来てしまっているんだ。


 言いようのない思いを抱えたまま、マリは大通りから続く小さな路地へと入って行った。

 ちょうど緩い坂道に差し掛かったところで、どこからともなく綺麗な音楽が聞こえて来た。

(あれ、この音楽昨日も聞いた?)

 すると、たちまち記憶が蘇る。

 昨日も一昨日も、自分はこの先にある屋台で甘くて美味しいジュースを飲んだのだ。

 そして彼女は惹かれるように、広場へと続く獣道へと進んで行った。

 この先に、巻き毛の店主がいることを確信しながら。


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