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紅い実に導かれし乙女たち  作者: 藤原ゆう
プロローグ
6/15

ルカの場合

「あまりいないんだけど、時々君みたいにそのざくろジュースが気にいって通ってくれる人がいるんだ」

 グラスに口を付けないルカを急かすことはせず、店主は自分も椅子を持ってきてルカの隣に腰掛けた。

「OLだったり、人妻だったり。……少し、何て言うか、生活に疲れたような人が、ね。ここでザクロジュースを飲んで、僕のハープを聴いて。ゆったりと雑貨を見て帰る。そうするとね、少し元気が出るんだって、言ってくれる。君だけじゃないんだ。出来ることなら、人と付き合わないでいたいって思ってるのは。だからね、僕はそういう人たちの一刻の慰めになれたらいいと思ってる。また明日頑張ろうと思ってもらえたら、僕の存在意義があるんだろうって。君がここに来たのも偶然じゃない。君自身が、ここを望んだんだ」

 ルカの頑なな心が溶けていく。

 彼の静かな、歌うような声が全身に行き渡る。

 そして、ルカはグラスを傾けた。

 甘いジュースが喉を通る。

 こくこくと音を鳴らして飲み干した。

(やっぱり美味しんだよね、これ)

 ふっと息をついた所で、また心臓がどきんと大きくはね、昨日よりも強い痛みが襲って来た。

「うう……」

 胸を抑えて椅子から転がり落ちる彼女を、店主は慌てた様子もなく静かに眺めている。

「あ……助けて……」

 草の上に転がり見上げたが、彼が手を差し伸べる様子はない。

 痛みは引くどころか強まるばかり。

「き、救急車呼んでよ」

 掠れた声でそう言ったが、彼は動かない。


(な、何よ。口では偉そうなこと言っといて……)

 思って、ハッとする。

(これも自分でどうにかしろっていうの?)

 しかし、どうにかしようと思って出来ることでもなさそうだった。

 心臓を刺すような痛みは強くなる一方で、呼吸すら苦しくなってきた。

(一瞬でも気を許した私が悪いのか)

 でも彼の言葉が己の心を揺さぶったのも事実だった。

「あんた……うまいこと言って、私を騙したの?」

 すると彼は首を横に振った。

「ジュースを飲もうと決めたのも君だから」

「あ、あんた。詐欺……師でしょ……」

「心外だな。今のこの状態は全て君自身の選択の結果だって、本当は分かってるでしょ?」

 冷たくあしらわれて、ルカは怒りを越えて悲しくなってきた。

「私が詐欺師に騙されるなんて……。ここで死んだら、あんたのこと……絶対許さないよ……」

 苦しい息の中ではあったが言いたいことを言って、ルカはついに意識を手放した。

 パタンと草の上に手が落ちる。

 店主はそっと歩み寄った。

「やれやれ。強い子だ。この痛みにここまで耐えたなんて。でも、それだけの強さがなければ、あの世界では生きていけないだろう」

 店主はすっと彼女の体の上に手をかざす。

「ようやく見つけた君だから。悪いようにはしないよ。少しだけ、彼らに力を貸してやって欲しいんだ」

 お願いだよ……。

 けれど、その願いに答える声はない。

「さあ、お行き。彼らの元へ。そして、君自身の生きる意味も、見つけて来るんだ」

 彼の手のひらから光の球が生まれ、それは徐々に大きくなりながらルカの体を包み込んで行く。

「まだ完璧ではないのだけど、君なら大丈夫だろう」

 強い君なら。

 そして、彼は大きく腕を振るった。

 と同時に、ルカの体が消え去った。

 跡形もなく。

 痕跡すら残さずいなくなってしまった。

 店主は満足そうに微笑みながら佇んでいる。

「やれやれ。これでしばらく休暇がもらえるかな……」

 早速申請しに行こう。

 そう独りごちて、彼は踵を返した。

 そこへ、今日最後の日の光が、木漏れ日となって広場に射し込んだ。

 淡い光が彼の影を草の上に映し出す。

 そのシルエットは不思議な形をしていた。

 実際の彼にはないものが映っている。

 それは鳥の羽のように見えるシルエット。

 一対の羽が、彼の身体から伸びていた……。


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