ルカの場合
翌日。
退屈な講義をなんとかこなし、ルカは帰途についた。
「18時に改札よー」と言う、友人Aの声を背に受けながら。
(はー、疲れたな)
誘いを受けたものの、とても面倒くさい。
(ドタキャン、しちゃう?)
思ったがすぐに、いやいやと首を小さく振った。
そんなことをすれば、さすがの友人たちも自分を見限るだろう。
人付き合いが嫌いと言いながら、完全に一人になってしまうのも怖いだなんて。
矛盾しているというか、虫がいいというか。
(自分のこういうとこ、ほんと持て余すんだよね)
しみじみ思いながら、大通りから坂道の小路へと入って行った。
おかしい。
今の今まで記憶の中にすら残っていなかったというのに。
あの音楽を聞いた途端思い出すなんて。
ピタリと立ち止まり、横をみれば、昨日の獣道が林の奥へと続いていた。
(朝は?)
朝もこの坂道を下って学校に行ったが、獣道なんてあったっけと考えるくらい、気にもとめていなかった。
それが今は、ルカを誘うようにその存在をはっきりと示していた。
ルカはまた引き寄せられるように獣道へと入って行った。
この先に何があるか、もう全部思い出している。
一歩一歩確かめるように、ルカは林の奥へと進んで行った。
パッと視界が開けた。
広場の中央には、あの屋台。
そしてその傍には、茶色い巻き毛の店主が佇んでいた。
「やあ、来てくれてありがとう」
店主はにこやかにルカを出迎えた。
対するルカはふてくされたような顔で、彼を見返している。
「どうしたの」
「私、どうして、ここに来たこと忘れてるんですか」
「……」
店主はすっとにこやかな表情を消し去った。
「昨日私に何をしたんですか?」
固い声で詰問するルカに、店主はただ首を振って答えた。
「あなたが知らないわけないでしょ? ここから帰ってから、何だかずっとモヤモヤしてて。でも忘れちゃってたから何でモヤモヤするのかも分からず……」
「僕は何もしてないよ」
店主はまた微笑みを取り戻して、穏やかにそう言った。
「ただ君に何かあったというなら、それはすべて君のせいだ」
店主はきっぱりと言い切った。
「なっ、私のせい?」
かっと頭に血が上った。
「あなたのせいでしょ?」
「違う。君はいつもそうやって責任を他人に添加して、自分のことは棚上げにする。よくない癖だ」
「あ、あなたに何がわかるっていうのよ!」
昨日今日会ったばかりの人間に!
「例えば……君は人と付き合うのが苦手らしいが、それは友人のせいじゃない。君が少しでも彼らと交わろうと気持ちを切り替えるだけで、世間は君にとってもっと過ごしやすい場所になる。君の考え方次第なのだよ。ルカ」
教え諭すように、彼はとつとつと語った。
「あ、あんたに言われるまでもなく分かってるわよ。全部自分が悪いんだって」
「なら。君にはまだ救いがある。分かっているのといないのとでは、スタート地点がずいぶん違ってくるからね」
店主の優しい微笑みは慈愛に満ちていて、神々しくすらあった。
(どうして、こんな風に笑えるの?)
「ルカ?」
「え?あ、あれ、そう言えば、どうしてあなた私の名前?」
昨日自己紹介をしたという記憶はない。
「話が長くなりそうだ。こちらに来て、おすわり」
昨日と同じ丸椅子を勧められ、ルカはちょこんとそれに腰をかけた。
「さあ、これも気に入ったんだったね」
グラスを目の前に差し出され、それも思わず素直に受け取ってしまう。
この人に怒っていたはずなのに、どうして彼の言うことに従ってしまうのか。
ルカはグラスの中で揺れる赤いジュースをじっと見ていた。