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紅い実に導かれし乙女たち  作者: 藤原ゆう
プロローグ
4/15

ルカの場合

 ポロロン……。

 余韻を残して演奏が終わった。

 静寂が辺りを包む。

 キーンと耳鳴りがしそうなほど静かだった。

「そんなに見つめられても困るんだけど」

 静寂を破った店主は本当に困ったように苦笑して、ハープを元の場所にしまった。

「ご、ご、ごめんなさい!だって、あんまり綺麗だから」

 言ってしまって、ルカははっとした。

(私、何回この人に綺麗って言うんだろ)

 気恥ずかしくて俯いていると、すっと目の前に何かが差し出された。

 (え?)と思って顔を上げると、店主がハープをグラスに持ち替えて立っていた。

「これ?」

「これは初めてのお客さんには出さないんだけど。君は特別。ここをとても気に入ってくれたみたいだから」

 グラスには、赤い液体と氷が入っている。

「飲んでみて」

 恐る恐るグラスを受け取り、ゆっくりと口をつけてみた。

 途端ほのかな甘さが口に広がる。

「おいし……」

「さっき、君、あれを見ていたんだろ?」

 店主が指差した方をみれば、そこには赤い実のぶら下がる木が立っていた。

「うちの雑貨も見ないで何見てるんだろうと思ったけど。あれが欲しかった?」

「あ、違うんです。何だか自分でも分からないくらい惹きつけられてしまって……。

私、疲れてるんでしょうね」

 へへへと笑ってみせたが、店主は至極真面目な顔つきでルカを見下ろしていた。

 その視線にどぎまぎしていると、「そのジュースはね、あれのなんだ」と穏やかに微笑みながら言った。

「そうなんですか!?」

「そう。あれはね、石榴だよ」

「ザクロ?」

 その名前を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。

 ドキン、と痛いくらいに。

「そう、石榴だ」

 店主はもう一度念を押すように、そう言った。

「あ……」

 なんだろう。

 何かが頭の中で引っ掛かっている。

(ザクロのことが、どうしてこんなに気になるんだろう)

 自分で自分のことが分からなかった。

 そして、ぐいっと一気にザクロジュースを飲み干してしまった。

「私、帰ります……」

「うん。気を付けてね」

「ごちそうさまでした」

「……また明日も来れば、飲めるよ」

 ルカはこくりと喉を鳴らした。

「はい……。また、来ます」

 抑揚のない声で答えて、そのままふらふらと元来た道を帰って行く。

 まるで酔っているかのような千鳥足だった。

 危なっかしい足取りで獣道を歩き、やっとの思いでいつもの小路に出た途端、ルカは今まで自分が何をしていたのかを忘れてしまっていた。

「あ、あれ、私?」

 はっきりしない頭に、聞き覚えのある曲が響いている。

 それは一旦止んだかと思うと、また聞こえ始めた。

「あ、携帯だ!」

 やっと思考が動き始めたのか、ルカは急いで鞄を探って携帯を取り出した。

「はい」

『はい、じゃないよ。何回かけたと思ってんの?何してるの?どこいるの?』

 矢継ぎ早に質問を浴びせてくるのは、下校前にルカを誘ってくれた同級生だった。

「ごめん。待たせた?」

『それはいいんだけどさ。もうこんな時間だし、ルカ、来ないよね?』

 気付けば、辺りは暗くなりかけていた。

 大学を出る時にはまだ日は高い位置にあったから、自分はずいぶん長い時間、何かをしていたようだ。

 けれど何をしていたのかについては、やはり何も覚えていない。

(私、なんかやばいことに巻き込まれたんじゃ……)

 すっと背筋が寒くなる。

「ねえ、もしまだ待っててくれるなら、私今からダッシュで行くから。いい?」

『いいよ。待ってる。晩ご飯一緒に食べよ』

 この時ほど彼女の存在を有り難いと思ったことはなかった。

(私って、つくづく現金よね)

 自分で自分に呆れながら坂道を下って行く。

 人付き合いが面倒と言いながら、いざとなれば頼るのは他人なのだと。

 改めて気付かされ、友達ってのもまんざら悪いものではないのだと、ちょっぴり心動かれたルカだった。



 一時間半ほどの記憶がない。

 私はその間何をしていたのか。

 誰にも見咎められずに?

 おかしいよ。

 いよいよ私、どうかしちゃったんじゃ。


 フードコートでラーメンセットをがっついている間も、ルカの頭からそのことが離れることはなかった。

「ルカ。何かあったの?」

 心配そうに眉を顰める友人Aに、ルカは愛想笑いを返す。

「ううん。何もないよ。お腹空きすぎちゃって、ちょっと頭働かなくなってただけ」

「はは。ルカってば、おもしろーい」

 どこがおもしろかったのか、ルカ本人には全くわからなかったが、友人AもBもにこいこしているから良しとした。

「ねえ、駄目元で聞くけどさ。明日のH大と合コンるんだけど、ルカも来ない?」

 何故、この子達はこんなに自分と関わりを持とうとするのか。

 ルカには理解できない部分があるが、それでもこうして誘ってくれるのは悪い気はしない。

「私、合コン嫌いなんだよね」

「うん、知ってる」

「別に男と会話しても何も面白くないし」

「だよね」

「まあ、でもせっかくあんたたちが声かけてくれるんだし、一回くらいは付き合うよ」

「え、マジ?」

「ほんと?」

 二人は信じられないという顔をしている。

(私、そんなに付き合い悪かったんだね)

 内心苦笑しながら、合コンの詳細を尋ねる。

「ナカイ駅の改札の前で、18時集合ね」

「18時ね、OK」

 明日は金曜日だけど、ナカイ駅は閑散としてるはずだ。

 もともと人口の少ない街だし、駅の利用者はいつも少なかった。

 すぐに友人たちを見るけられるだろうから、ぎりぎりまで量の部屋でゆっくりしてよう。

 やる気のなさが十分窺えることを思いながら、ルカは最後のスープをのみ干した。


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