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紅い実に導かれし乙女たち  作者: 藤原ゆう
罠にかかった獲物たち
14/15

王宮3

 彼が手にした布で床を拭き始めた。

 ルカは疲れて長椅子にへたり込んだ。

 お互い一時休戦ということもないだろうが、それぞれの考えをまとめる時間が少し必要なようだった。

 東屋を静寂が包む。時折虫の声が聞こえてくるが、他には音のない静かな夜。

 彼も少し離れた椅子に腰掛け、ブランデーを飲み直している。

 彼の姿を改めて見ると、それは一幅の絵のように美しい姿だった。

 美術史を専攻している身には非常にウズウズとする対象だった。

 蝋燭の明かりが彼の姿を浮かび上がらせる。

 一つに束ね片方の肩から流されている長い白銀の髪は、まるで月光のように淡く輝き、彼の秀麗な顔を一層際立たせる。

 印象的な灰緑色の瞳は理知的な光を帯びて、彼の思慮深さを窺わせた。

(うーん。いい!)

 近年稀に見る、非常にタイプなイケメン。

 出会いが出会いでなければ、ひょっとすると一目惚れしていたかもしれなかったが、まだまだ警戒心を解いたわけではないから、今は鑑賞の対象としてのみの興味に留まっていた。


「あの」

「もし君が」


 静寂を破って、二人の声が重なった。

「あ、お先にどうぞ」

「……いや、君から」

 互いに譲り合っていては、話が前に進まない。

「じゃあ。私から。……あなたは、どうして何とかの乙女を探しているの?お城の人はみんな探しているの?」

「お城の人は……ある一部の者は、君を待っていた」

「その一部にあなたも入っていたの?ううん。でも、あなたはさっき半信半疑だったって言ってたわ。それはその言い伝えを信じていなかったってことよね」

 彼は椅子から立ち上がると、ゆっくりとした足取りでルカの元までやって来た。

 そして彼女の前にすっと跪いた。

 それがルカの目線に合わせるためなのだと気付き、ルカは頬を染めた。

「君の名前を聞いてもいいかい?」

「う、うん。いいわよ。私は、ルカ」

「そう。いい名だ。私はサイサル。この国の王だ」

「え?」

「君には、ルカには、隠し事はできない。だから、すべてを話すよ。もっとも私が知っていることだけになるけれど」

 ルカは目の前の超絶イケメンが王様だと言われて混乱していた。

 いや。イケメンが王様でも何らいけないことはないのだが、その王様が、こんな夜中にどうしてここにいて、気さくに自分と話したりしているのか。そう考えると理解できなかった。

「ルカ。紅い実の乙女は、この世界の覇者を決めると言い伝えられているんだ」

「はしゃ?」

「そう、世界を統べる者。……家臣には、私がその覇者となるのを望むものがいる。絶対的な権力を得れば、政も容易くなると、そういう理論なんだ」

「……でも、それでは……争いが絶えなくなる」

「やはり君は聡い子だ。その通りだよ。一人が望むものは、必ず同じように、それを望むものが出てくる。言い伝えなど本当にならなければいい。そもそも、そんなもの眉唾なもので、実際に紅い実の乙女など存在しない。 私はそう思い込もうとしていた。思い込んで、その言い伝えに手を出さなければ、きっとこの国は良くも悪くも存続して行くだろう。だったら、それでいい……」

「……」

「だが、国の状態は悪くなるばかりだ」

 サイサルの表情が曇る。

「そうなってくると、ますます救いを求めようとするものが出てきて、私はもう彼らを抑えることが出来なくなってしまった。一国の王として、なんとも情けないことだがね。紅い実の乙女など見つからなければいいと。そう思っていた。だが、君はあっさりこの城にやって来た」

 サイサルはふっと微笑んだ。

「君がこうしてこの隠れ家にやってきたのも、偶然ではないのだろうな」

「そ、それは、偶然だよ。だって、私、お城から逃げ出そうとしてたんだもん」

 そう言うと、サイサルはぷっと吹き出した。

「な、なに?」

「本当に君は素直というか、裏表がなくていいな。ルカ」

「……!」

 サイサルの瞳に甘い光が揺らめくのに、ルカは気付いてしまった。

「あ、あの、王様」

「君には我が名を呼ぶことを許そう。サイサル、と。ルカ」

「サ、サイサル。近いんだけど」

 サイサルの顔はルカのそれの間近に迫り、ルカは真っ赤な顔をして、長椅子のギリギリいっぱいまで身を寄せていた。

 そのことに、サイサル自身は気付いていなかったらしい。

 「ごめん」と言いながら、素早く身を引く。

 サイサルの顔も、見る間に赤くなっていった。

(確かに、いい年の男女がこの薄暗い部屋に二人きりなんて。しかもキャンドルライトで。雰囲気バッチリ! なんて、危険極まりないじゃない)

 ルカは今更ながら、そのことに思い至り、内心焦っていた。

(もし、強引になんてことになったら、拒める自信……あるっ。あるに決まってる!)

 サイサルは「少し酔ったかな」などと言いながら、またカウンターの方へ行った。

 ルカはその背中をじっと見つめる。広くて、逞しい背中だった。


 彼はまたグラスに何かを注いで戻って来て、元の椅子に腰掛けた。

「紅い実の乙女の言い伝えを知る者に知れれば、君はさまざまな人間に狙われることになる。私は君を守りたい。この国を守るように。君のことも」

「そんなに、大変なこと?」

「ルカ、君はまだよく分かっていないようだが、君が紅い実の乙女であって、この城にいるということは、とても大事なことだ。これはまた、おいおい説明するけどね。今のこの国はとても不安定だから」

 王としての顔と、サイサル自身としての顔と。二つを行き来する彼の様子に、ルカは興味津々だった。

 自分が紅い実の乙女だなどということは、正直言ってどうでもいい。

 周りが勝手に騒いでいるだけという感じだった。

(私はサイサルのこと、もっと知りたいわあ)

 恋愛対象としてではなく、観察対象として。

 深刻そうなサイサルとは対照的に、ルカはとても失礼なことを考えていた。



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