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紅い実に導かれし乙女たち  作者: 藤原ゆう
罠にかかった獲物たち
12/15

王宮

***


 コントニア王国のサイサル王は、今日も執務に追われていた。

 経済・外交・軍事。

 片付けなくてはならない仕事は山積している。

 寝る間も惜しんで執務をこなす王のことを、側近たちは敬愛しながらも心配していた。

「王。少しお休みください」

 宰相であるモンドバルト公爵は年の頃はサイサル王と同じくらい。

 王には幼い頃から仕えていて、正に側近中の側近だった。

 若くして宰相となってからは、その手腕を存分に発揮していた。

「休む? 何故?」

 そんな宰相の言葉にすら、サイサル王は同意しかねるとでもいうように眉をひそめた。

「休む暇などはない。人は常に動いているのだから。王である私が休むわけにはいかないだろう」

 そう言って、サイサル王はまた書類に視線を戻した。

「だからこそ、王にはいつまでもお元気でいていただかねばならないおです」

「私をみくびるな。アウリス。この程度でどうにかなる程、私は弱気できていない」

「もちろん。王が文武両道に長けた方であるのは、十分存じ上げております。少々のことで、どうにかなるお方でないことも。しかし物事には限度というものがございます。今一度、ご自分のお身体ともご相談いただきたく……」

「アウリス」

「は」

「先日話していたハデスという組織についてだが」

「……はい」

「もっと詳細な情報はないのか」

「申し訳ございません。……調査をさせてはおりますが、なかなか正体の見えない集団でございまして。王にご報告申し上げられるだけの事項が揃っておりません」

「わが国の諜報部を持ってしてもか」

 深く頭を垂れる宰相に、王は「引き続き調査を行うように」と告げ、別の書類へと目を移した。

 そこ遠慮がちに扉をノックする音がした。

 アウリスが扉へと歩み寄る。

「なんだ。今は人払いをしている」

「はい。承知しております。しかし遺跡へ派遣しておりました部隊から早馬が着きまして。一刻も早くご報告したいと申すものですから」

「遺跡から早馬が?」

 まさか、とアウリスは思わず王を見た。

 言い伝えを聞いても一切興味を示さず、自分の国は自分で守ると言い切ったサイサル王。

 もし言い伝えの乙女が見つかったのだとしたら。

「これは非常に慎重に対処せねばならぬ事象だ。私が兵に会おう」

 小声でそう言うアウリスに、侍従は緊張した面持ちで頷いた。

「王。来客のようですので、本日はひとまずこれで失礼いたします」

 そしてアウリスは王の返事も待たずに退室して行った。

 部屋には、苦笑を浮かべたサイサル王が残された。

「アウリスも忙しいな」

 あいつこそ無理をしているのに。

 地下組織のテロ行為が激しい昨今では仕方無いこととはいえ。

「悩みの尽きないことだ……」

 サイサル王はため息交じりに呟くのだった。



***


 王城に早馬が到着して、しばらく経った頃。

 ルカを乗せた馬車が、王都の入り口となる門をくぐった。

 馬車が轍にはまって跳ねた衝撃に、うつらうつらしていたルカは目覚め、窓の外に視線を移した。

「わ……」

 そこには人が溢れていた。

 先程いた遺跡とは全く違う景色に、ルカはあんぐり口を開けた。

「うちの大学にもこんなに人いないわ」

 けれど、その人々の姿は全く違ったものだった。

 男性はマントのようなものを羽織り、ピッタリとしたズボンにブーツ。頭には羽飾りの付いた帽子。

 女性は裾の長く、袖が大きく広がったドレスを着ている。頭には色とりどりの造花を着け、とても華やかだ。

 しかしその表情はどこか暗く、憂いを帯びている。

 その華やかな装束との対比を不思議に思い、ルカは首を傾げた。

「乙女よ。もうすぐ到着ですぞ」

 乙女って。

 19にもなる身には気恥ずかしい呼び方だ。

 ルカは心持ち顔を赤くしながら、声をかけた甲冑の男に頷いた。

 馬車は速度を下げて、街の通りを走って行く。

 ルカはそんな街の様子を興味深げに眺めていた。

 ここがどこなのか。

 夢なのか何なのか分からないが、日常とは確実に違う経験をしているという自覚はあり、ルカは不安に思う気持ちもあったが、この状況を楽しんでいる自分も感じていた。

(とりあえず食べ物なんだよね)

 彼らに素直についてきたのも、彼らといればいつかきっと食事にありつけると踏んだからだ。

(食べるもの食べてから、この状況を把握しよう)

 呑気に手を降っていた、あの店主の姿が思い返される。

 思い出すとまた怒りがふつふつとこみ上げてくるが、ルカは深呼吸でそれを抑えた。

(今は余計なことに体力使わず、時を待つのよ。ルカ)

 そう自分に言い聞かせた。

 しばらくすると馬車がゆっくりと停止した。

「乙女よ。お疲れでございましょう」

 言いながら扉を開けたのは、あの甲冑の男たちのリーダーと思われる人で、こちらに手を差し伸べてきた。

 その手を取って馬車を降りる。

「食事を用意させました。あの者がご案内いたしますので」

 その言葉を耳にしながら、ルカは目の前にそびえるお城を見て呆然としていた。

 それは外国のおとぎ話から抜け出てきたようなお城で、見上げれば塔が幾つも見えた。


「ここが我が王のお住まいです。さ、お早く中へ」

 背を押されるように前に進むと、そこには女性が一人立っていた。

 優しそうな微笑みを浮かべていて、とても綺麗な人だった。

「お待ちしておりました。ここからはわたくしがご案内致します」

 城に入る前に甲冑の男たちとは別れ、女性の後に着いて長い廊下を歩いて行った。

 彼女は話しかけてこず、だからルカも話さない。

 二人は終始無言で歩いていた。

 女性はやはり、街中で見た女性たちのように、裾が長いドレスを身に纏っている。

 髪は綺麗に結い上げて、飾りのついたかんざしを着けていた。

 街中の女性たちよりは、やや質素だろうか。

 そんな風に観察していると、彼女が立ち止まった。

「こちらのお部屋です。どうぞ、お入りください」

 ここに来て、ルカは少し緊張している自分を感じていた。

 今までがあまりに警戒心がなさすぎたのだ。

 こくりと喉を鳴らして部屋を覗き込むと、そこには大きなテーブルがあって、その上にはご馳走が所狭しと並べてあった。

 途端おなかが盛大に鳴った。

「まあ。さあ、どうぞお召し上がりくださいな」

 女性はクスクス可愛らしく笑いながら、椅子を引いてくれている。

 ルカは顔が赤くなるのを感じながら、ここに来ていろいろ思い悩むのも馬鹿らしいと、素直に椅子に腰掛けた。

「それでは給仕はこちらの者が致します」

 そう言うと、その女性は止める間もなく部屋から出て行ってしまった。

 給仕をしてくれるという人はやはり女性で、でも先ほどの人とは違い、少しお堅い雰囲気だった。

 きっちりと結い上げた髪がそれを物語る。

「食前酒を召し上がりますか?」

 物言いもごくごく事務的で、とても親しくなれそうにはない。

「い、いいえ。召し上がりません」

 テンパった返事にも特に反応はなく、淡々と水挿しからグラスに水を入れ、それをルカの前に置いた。

「お口に合わないようでしたら仰ってください」

「食べてもいいですか?」

「……」

 返事はなかった。

 そんなことまで答える義務はないと言われているような気がして、ルカはフォークを取ると、目の前にあった煮込みのような料理に手を出した。

 一口大の肉を頬張る。

「あ、美味しい」

 口に入れた途端溶けてしまう程、柔らかい肉だった。

(これは期待できるんじゃない?)

 もうそこからは、じっと傍に立っている女性のことなどお構いなしに、どんどん食べ進めて行った。

(あれも美味しい。これも美味しい。ぜーんぶ、美味しい!!)

 ここって最高っ。

 最後にクリームのたっぷり乗ったシフォンケーキを頬張って、ルカの食事は終了した。

「ごちそうさまでした!」


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