地下組織
「じゃあ、俺の報告は終わりだから」
あとは上層部でなんとか考えてくれ。
そういう意味を暗に込めて、ヴァウリスは扉の方に向いた。
が、その背に言葉がかけられる。
「あなたに、やって欲しい仕事があります。ヴァウリス」
「あ?」
振り返ってすぐに、ヴァウリスは仕事という言葉に引かれたことを後悔した。
ファリシュは微笑みをたたえて、こちらを見ていた。
けれど、その笑顔が、ど迫力で。
有無を言わせぬ威力があった。
(ああ、俺、目付けられちゃったのかな)
ヴァウリスは脱力しながら次の言葉を待っていた。
「あなたにしか頼めない仕事です」
ファリシュの言葉に、ヴァウリスの自尊心が刺激された。
彼の性格を、この美貌の上司は知り尽くしているらしい。
もうすでに彼は、上司の掌の上で転がされていた。
「俺にしか出来ねえ仕事なら、いくらでもやってやる」
そんなヴァウリスに、ファリシュは極上の笑みで応じる。
「あなたなら、そう言ってくれると思いました」
「で、何をすればいいんだ?」
「人を」
「あ?」
「人を探して欲しいのです」
「人?誰?」
「誰、とは特定できません。分かっているのは、女性だということだけ」
「……それ、人探しなのか?」
「あなたなら、見つけられます」
「いやいや。いくら優秀な俺でも、誰を探すのか分かってなかったら無理だぜ」
「……無理?」
「あ、ああ」
また目が笑わなくなった……。
そう感じたヴァウリスは、恐怖を感じて一歩後ずさった。
「そう、ならば仕方ありません。あなたには実働部隊を離れてもらいましょうか」
「なんでだよ!」
「使えない人間を組織に置いておけるほど、うちは余裕がないのですよ」
きっぱり言われて、ヴァウリスは絶句した。
「やるかやらないか。二つに一つです」
「分かった!やるよ!」
「そう、それは良かった。私たちも、優秀なあなたを手離すのは忍びないのでね」
「それでも、何かもう少し情報はないのかよ」
「ありません」
「……」
「ただ」
「ん?」
「紅い実。これが唯一の手掛かりです」
「何じゃそりゃっ」
さすがのヴァウリスも、頭を抱えたのは言うまでもない。
ファリシュの部屋をでたあと。
「紅い実……ねえ」
んなもん、いくらでもあるわ!
心の中で悪態をついて、ヴァウリスは大きな溜め息をついた。
「いくら俺でも、これだけ手がかりがないんじゃなあ」
ファリシュは恐らくもっと多くのことを知っているはずだ。
それを言わないということは、やましいことがあるに違いない。
「喰えねえ奴だよ。ほんと」
それでも、この地下組織『ハデス』のリーダーに比べれば幾分マシだろうと思う。
「鬼畜だよ、鬼畜」
あいつの前に立てば、悪寒どころでは済まない。
何を考えているのか分からない、底の知れない人間。
この地下組織の構成員のほとんどが、リーダーに対してそんな印象を抱いていた。
「ヴァウリス。珍しいな。お前が図書室にいるなんて」
「うるせ。どこにいようが俺の勝手だろ」
共に行動することの多いマットに、ヴァウリスはうべっと舌を出して見せた。
「何、見てんだ?救援には行かないのか?」
「別動隊が動いてんだろ。俺は別のお仕事」
「ふうん。ま、しっかりな」
「そう言うお前は何してんだよ」
「俺? 俺はこれから彼女とデートだよん」
「ぬわに? この忙しい時に、おデートだと?」
「そうそう。この殺伐とした男所帯からしばらくおさらばだ。じゃあな」
軽やかに手を振りながら、マットはルンルンで図書室を出て行った。
「見せつけやがって」
彼女……か。
しばらく聞かない単語だったな。
「て、俺。今まで彼女出来たことねえじゃん!」
思わず大声を出してしまい、周りに睨まれた。
「ああ、らしくねえ」
図書室なんて柄じゃなかった。
俺はやっぱり足で稼がなきゃな。
ヴァウリスは読みかけの分厚い本をバタンと閉じて立ち上がった。
「とりあえず、果樹園でも行ってみっか」
そう言って、ヴァウリスは苦笑を浮かべながら図書室を出て行った。
そんな彼をじっと見つめていた男が一人。
ヴァウリスの姿が見えなくなると、すっと立ち上がり、彼のあとを追うようにして図書室を出て行った。
しかしその男の動きに気付いたものは誰もいない……。