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砂漠の薔薇の竜  作者: 白桐沙蓮
本編
6/17

契約石

リューシャVS騎士師団遊撃部隊から空けて三日ほどである。

村長、町長、領主(代理ではなく当主本人)による三つ巴は決着することなく、王都での議会にかけられることとなった。

正しくは、生贄を差し出していた村は、百年にも渡っていたが誤解であったという決着はついている。

だがしかし、それゆえに生贄の逃げた先である町が村へ誤解を解くための説明をせずにいたこと、生贄を求めた側である竜から生贄が不要だったなど聞いていないという部分から、賠償金を求めたのだ。

当然、町も領主も払いたくなどない。

矛先は事の発端となったリューシャに向かった。

だがしかし、そこで生贄として差し出されリューシャに救われた経緯を持つ者たちが反抗したのだ。

口減らしもかねて差し出しておきながら、というのが彼らの言い分だ。

生贄であった彼らは口減らしとしての役割もかねていたので、村として差し出しやすい孤児や村八分になっていた者が大半である。

村を恨みこそすれ、感謝や親愛の情など浮かびようがなかった。

領主はというと、争う村と町を交互に見ながら、できるだけ自身の利を得ようと躍起になっていた。とはいえすでに王都まで話が伝わってしまっているので秘匿することもできない。

王都に向かった後、どう処罰を減刑するかという点に終始一貫していた。

最悪貴族位剥奪なので、こちらも結構必死だ。


当事者であるリューシャとレーヴェにいたっては王都への移動の準備を着々と進めていた。

とはいえ出発は二週間後。

魔力が枯渇しなければ基本問題無いリューシャに必要なのは人間社会の一般常識とかマナーとかそのあたりだったので、荷物はないに等しい。

レーヴェもリューシャに一般常識とかそのあたりを教えつつ、荷物はさっさと纏めきっている。伊達に騎士師団遊撃部隊に所属しているわけではないのだ。

突然の命令で国の果てから果てへの移動なんざ珍しくもない。

そして今日も今日とて訓練を終了してから、メレンゲ菓子と紅茶をつまみにレーヴェの簡単常識講座が開かれる。


「この国の名前はスヴァーティ王国。西のほうに行けば発音の問題でアークトゥルス王国とか熊の番人の国とか呼ばれている。貨幣は金貨、銀貨、銅貨、小貨の四種類で小貨10枚で銅貨、銅貨10枚で銀貨、銀貨100枚で金貨に繰り上がる。平民階級における成人男子一人当たりの一ヶ月の収入は金貨二枚から三枚ほど。なおこれは平均値でありもっと低かったり高い場合もある。騎士師団所属の場合見習いでも一ヶ月の収入は金貨三枚から五枚と平民階級の倍である。なおこの金額は有事の際真っ先に死地へ向かうからこその金額である」


「この国の階級だが、トップは当然国王、その下に騎士団とそれに対応するように貴族による貴族院がある。騎士団は階級問わず入団可能だが貴族院は貴族出身者のみで構成される。なお、権力を一箇所に集中させた場合の暴走を防ぐため両方とも国王直下ではない。王直属となるのは、近衛部隊のみ」


「スヴァーティ王国はこのシタラ大陸東部に位置し、農業漁業ともに盛んだが、南西部のこの町リートや村をはじめとした地域は砂漠化の進行を受け対策を練っている最中。現在は植樹によって進行を食い止めており、原因は不明」


つらつらと、リューシャは先日教えられたことを確認として並べ立てる。

もう少し詳しくレーヴェは教えていたのだが、必要な情報とそうでない情報の取捨選択をされている。

特に、騎士団と貴族院の対立とか。

あれは対立していなければ困るのだ。協力が必要なときに協力ができないほどの対立は困るが、互いに互いの抑止力でなければならないからだ。すこしばかり信用できない、くらいの距離が丁度良いのだ。

互いに協力していてもいいのだが、うっかり協力した挙句国王を排除して、なんてことを考えられたら困るのだ。

国王は騎士を抑えられ、騎士は貴族院を抑えられ、貴族院は国王を抑えられる。

最終決定権は国王にあるが、そうやって三権分立にして成り立っているのがこの国だ。


「流石だな、もう覚えたのか」

「そんなに多い量でもないよ。『世界接続アクセス』して知識を引っ張り出すよりは随分と楽」

「……ドラゴンが基本強い理由って、もしかしなくてもそれ、か?」

「そう。世界そのものに自分自身を接続して、必要な情報を引っ張り出す。とはいえ、自らの一族が得たもの意外は知りようがないし、私の一族である『砂漠の薔薇の竜(アルトローザ)』においては魔術などにひどく偏りがち」


ため息とともにリューシャは呟く。

もうちょっと幅広い知識を欲してくれれば良かったのに。と。

それはそれで恐ろしいことになるな、とレーヴェは引きつった唇を隠すために紅茶を一口啜った。


「これであらかたこの国の仕組みとか説明し終わったが、ほかに何かあるか?」


とりあえず歴史とかそのあたりは王都に向かう途中で一般用に売られている歴史書を読んでもらうことにする。

いくらなんでも建国から五百年を超える国の歴史を最初から最後まで説明するなんて冗談ではないからだ。

いくらレーヴェが片端から本を読みまくるいわゆる本中毒患者でも、国の大きな事件はともかく細かい人名など覚えてられない、というのが本音だ。

ついでに人間と行動するに当たっての生活面でのマナーやタブーは初日に粗方仕込んだ。というか彼女自身が知っていたというか。

まあつまり問題が見られないので、問題が出てくるまで放置するという形になったのだ。


「……特には、無いよ。問題が出てくるようなら、あなたに聞くよ」


数秒間リューシャは記憶を反芻し、そしてふわりと笑いながらそう言った。

レーヴェは一瞬、その笑みにう、わ、とか内心呟きながら視線を彷徨わせた。別にレーヴェが初心だとかそういうことではなくて、あまりにもリューシャが柔らかく笑うものだから脊髄反射というかなんと言うか。

正直に言おう。見惚れたのだ。


「レーヴェ?」


硬直したレーヴェに、怪訝そうにリューシャが声をかける。

それによって硬直状態から回復したレーヴェは、そういえばと強引に話を逸らした。

テーブルの上にころりと転がる二つの薔薇色の契約石。


「聞いたことがある。あんたと俺が交わした虚言の禁止の以外にも、これを媒介に契約者の能力の一時使用ができると」

「事実だよ。ただ、人の身に竜の力は強すぎる。あなたが私と同じように『世界接続』を使った場合、即座に発狂する」


話を逸らすために出した話題だったが、どうやら聞いておいて良かったようだ、とレーヴェは彼女のその答えに冷や汗を流した。

これで何も知らずに、使えるなら試してみようとか思ってやらかしていたら、即効で自分自身は発狂して廃人になっていた。


「レーヴェが私の力を使うとしても、威力を落としても竜の吐息(ブレス)とかは無理。当然『世界接続』は論外だよ。そうだね、身体能力の強化と竜言語による魔術詠唱短縮かな」

「いや、魔術詠唱短縮の時点でおかしいだろう」

「そう?簡単だよ、竜言語は発動ワードそのものに呪文を圧縮してるだけだもの」


十分とんでもなかった。

ドラゴンの一声で大量の氷の槍がぶっ飛んできた、とかよく御伽噺で読んだが、どうやらそれは事実だったらしい。

竜言語はその発音自体に意味と魔力を持ち、それを繋いで発音することで魔術を発動する。

長ければ長いほど、威力は上昇するとのことだった。

たった一言「氷槍《Barpha bhālā》」で当たれば即死の無数の氷の槍がぶっ飛んでくる理不尽さを一回竜にも味わってほしいところである。無理そうだが。


「やり方は追々教えるよ。契約石は互いに所持して始めてその力を発揮するから片方をあなたに持っていてほしい」


二つの契約石を手に取ったリューシャは、おもむろに自身の手の甲を抓るような仕草をする。パキ、という硬い音と共に、その指に掴まれていたのは古薔薇色の鱗だった。

それに契約石を重ねると、一言ポツリと呟く。


「変化《Parivartana》」


すると、淡い光を発して見る見るうちに鱗も契約石も大きさや形を変えていく。

光が霞むように掻き消えれば、そこに残ったのは薔薇の形をした一対のピアスだった。

恐らく、土台や金具、葉の形をした部分は竜の鱗で、薔薇は契約石だろう。


「これを嵌めれば、そのまま肌と同化して固定されるよ。落とすこともなくなる」

「耳ごと切り取られることは?」

「竜の鱗と同化した部分を切り落とせる道具があるとしたら竜殺しの聖剣くらいだよ」


なんという防御機能。

悪用されないための機能だとは言え、ほとんど物理攻撃がピアスを嵌めた耳には利かないということだ。

ほかの所はがんばって自分で守るしかないだろう。

それにしても。


「何でもできるんだな」

「見本があるから。昔、見せてもらったピアスをそのまま再現しただけだよ」

「ちなみに聞くが、誰がつけてたんだ?」

「ニーナの恋人だったディディエ」


ピアスのひとつを右耳に嵌めながらそう言ったリューシャ。

またもやとんでもない名前を聞いたレーヴェだが、もう彼女にかかっては何でも有りのような気が気がして、驚くより先に納得してしまった。


「軍師ディディエ、か。魔術騎士にして豪嵐のニーナの恋人であり、騎士たちの参謀役」

「よく周りからは苦労性な腹黒とか言われてた」

「……」


これ以上は聞いたら憧れが崩れ落ちそうな気がして、レーヴェは質問することを止めた。

憧れは憧れのままのほうがいい。

無言で残ったほうのピアスを手に取ると、レーヴェは穴も空けずに左耳に突き刺した。

耳を突き破るその一瞬の痛みの後、ふわりと柔らかな暖かさに包まれて一滴の血も傷跡も残さずピアスは固定化された。


「これでいい、か?」

「躊躇いも無くやったね、レーヴェ」

「あんたと俺の間に虚言は存在し得ない。そう言ったのはリューシャだ。なら、俺はそれを信じて契約者としての役割を果たすまでだ」

「たとえば?」

「……下級貴族の馬鹿どもから庇うくらいはできると思う。それ以上は、正直わからない」


そう、わからないのだ。

リューシャを利用しようとする動きは当然出るだろうが、御伽噺になるくらいの竜を手駒に使用などと考えた場合人間なんてそこらに舞う木の葉以下だ。

ドラゴンの姿に戻り力を抑えずにリューシャの全力の竜の吐息ブレス一発で王都の半分は焼け野原になるだろう。

それがわからない上層部ではない、と信じたい。

一部の馬鹿貴族を除き。


「俺にできる限りは、する」

「そう。大丈夫、いざとなったらあなたを連れて逃げるくらいはしてみせるよ」


その台詞は俺の台詞だ、と言いたいレーヴェであったが、いかんせん実力が彼女のほうが圧倒的に上なのであって。


「…とりあえず、あんたに旨い飯は保障する」


人間の食べ物なんて正直趣味というか嗜好品だったりするが、彼女はそれを楽しんでいるようだったから、レーヴェは守ると言えない事に苦々しい思いを抱えながらそう言うしかなかった。




このお話の貨幣を日本円に直すとこんな感じ。


小貨=10円

銅貨=100円

銀貨=1000円

金貨=100000円


目安みたいなものです。


10/28誤字修正

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