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砂漠の薔薇の竜  作者: 白桐沙蓮
本編
5/17

彼女の実力―弐




合図の笛の音と共に、騎士たちはリューシャを囲むように展開した。

盾となる騎士、を前面に配置し、その後ろには槍兵さらにその後ろからは弓兵という構成だ。

ハルバードの攻撃範囲ぎりぎりにその円は収縮する。

そして、リューシャの頭上から無数の矢が襲い掛かった。矢の雨と表現してもよい普通の人間ならば回避不能のその弾幕ともいえる攻撃を、リューシャはドラゴンとして基本的に持っている人間を超えた動体視力で補足し、ハルバードを一閃することで風圧を利用して最低限を弾いた。


(円陣の展開は早く、攻撃は全て面。普通の人間なら、火力で落とされてる)


リューシャに戦闘経験はあまりない。

住処に入り込みこちらを襲ってきた連中は当然返り討ちにしたし、自身に人間の武器の扱い方を教えてくれた騎士たちも、戦闘経験では負けたが純粋な攻撃力や機動力といった点で勝利できた。

だが、それはつまり己の竜としての資質に頼りきった力押しであって、リューシャの戦闘の師としてニーナが求めた『技術』での一騎打ちでは毎回毎回負けていた。

力を人間程度に押さえ込んだ戦闘ではリューシャは非力といっても過言ではない。


(円陣が厄介。移動しているのに、崩れない。動揺もあまりない)


不意打ちであったとはいえ、リューシャに(傷を負わせられなかったが)一撃を入れているレーヴェの所属する騎士師団遊撃部隊の戦闘能力は高いということだ。

じり、じり、と騎士たちが間合いを詰めてくる。

パワーやスピードはリューシャが圧倒的上位。技術ならば互角か下手をすればリューシャ以上。

このままでは騎士たちの後衛である弓兵の矢が尽きるまで膠着状態が続くだけである。


「骨が折れたら、ごめんなさい」


なので、リューシャは動いた。

降り注ぐ矢の嵐を薙いで、正面の騎士をハルバードの石突部分をぶち当ててふっ飛ばす。

技術が足りないのは承知の上。

ドラゴンは本来その姿でブレスなどの圧倒的な攻撃力と並大抵の武器など歯牙にもかけない強靭な鱗の防御力、そしてその巨体を支える筋力に物を言わせて戦うのだ。

それは、人の姿を模していても変わることはない。

人ではありえぬスピードで、リューシャはハルバードを旋回させる。

万が一にも殺すわけにはいかないので、それでも手加減はしている。だが、それを専門に修練を重ねた人間よりも拙いとはいえ人間の倍以上の速さで技を仕掛けられればどうなるか。

前線を崩され混戦状態となった今、それはリューシャの独壇場とでもいうべき舞台だった。

ハルバードの人薙ぎで飛び交う矢ごと騎士たちの盾や肩当が吹っ飛び、竜ゆえの恐ろしいまでの動体視力によって石突部分による殴打が繰り出される。

技術だけでそれを受け流す猛者も存在したが、次の瞬間には半円状になぎ払われて後衛ごと吹っ飛ばされた。

それを繰り返すこと五分弱。

三十名弱居た騎士たちは全て大地の上に無様に転がることとなった。


「は、ふぅ…、これで、いい?」


深めにため息を零したリューシャは、審判役のレーヴェに視線を投げた。

青年がうなづき、終了だと告げれば、ほっとしたようにリューシャが屍ども(死んではいない)をひょいひょいと乗り越えてレーヴェのそばに立った。


「すさまじいな、誰も一撃入れられなかったのか」

「技術的には、私の負け。私は身体能力任せにただひたすらスピードを上げただけだから。同じ条件で戦えば、私は彼らに勝てない」


技術だけあっても、身体能力だけあっても意味がないとリューシャは困ったように笑う。

レーヴェに返された訓練用のハルバードはリューシャの未熟な技術と力任せの運用により芯から歪みを生じていた。

彼女のいうとおり、いくら力が強くても武器を廃棄寸前にまで追い込んでいる以上、技術は未熟なのだろう。

強い力で力任せに振るうのと、最小限の力で最大の効果が出るように振るうのとでは、根本から違うのだ。

もしも、彼女の力に耐えられるだけの武器が達人やそれ以上の技術を持ってしてそれだけの力と共に振るわれたら。

それは想像を絶する力だろう。


「が、勝ちは勝ちだな。あいつらももっと訓練に励むだろうな」

「…少し、納得いかない」


不満げにリューシャはレーヴェを見上げた。

ドラゴンの力は圧倒的で、そんな彼女に正面から手合わせを願ってくれた彼らに彼女は思うところがあるのだろう。

恐らく、種族ゆえの身体能力の高さがリューシャを圧倒的な勝利に導いたが、それがなければ彼らはリューシャに圧倒的勝利を迎えていただろうという所に、引っかかっているようだ。


「どうしようもないことだと俺は思うがな。生まれ持った種族ごとの差はどうしたって埋められるもんじゃない。エルフが魔法を得意とするように、獣人族が肉弾戦を得意とするように、竜はその飛びぬけた能力があるからこそ強いんだろ」


種族の差をいってしまえば、キリがないのだ。

それは無いものねだりというもので、覆せるような生易しいものではない。

覆せてしまう人間を、人は英雄や勇者と呼ぶのだろうけれど、ここにそんな人間をやめてしまえるような人間は所属していないのだ。

なんとか納得したのだろうリューシャは、勝者の権利だと称してひとつ願い事がある、と真剣な表情で言った。


「私も、彼らの訓練に参加してもいいかな?」

「あんたが参加して、それでどうするんだ?」

「技術を磨こうと思う。そのほかはどうにでもなるけど、その部分だけはきっと誰かから教わらないとだめだから。どうせ、村の人たちの恨みつらみとか、国とのやり取りとかで時間がかかって私があの場所に帰るのはかなり時間がかかりそうだから、暇つぶしもかねてる」

「それに、ご先祖様が世界を見ることに賛成しているってのも、要因か?」


竜の墓場の洞窟で、リューシャが言った言葉を思い出したレーヴェ。

それを問いかけると、こくりとひとつうなづくリューシャ。


「なら、まぁ、いいんじゃないか?俺もしばらくあんたの監視名目で一緒にいる予定だから付き合ってやれる」

「それで部屋も一緒?」

「…俺は反対したぞ」


ここに到着した際、あてがわれた部屋はなぜか同室だった。

そもそも性別をあまり気にしていないリューシャと、彼女に勝てないレーヴェでは問題が起ころうはずもないが、それでも気にはしていたらしい。

主にレーヴェだけだが。

それを知っていて、リューシャは少しばかりからかいの笑みを浮かべてそう言ったのだ。


「知ってる、あなたはとても誠実だから。私はそれを好ましく感じているよ」

「そうか。そこまで言われたら、色々教えてやらないとな」

「戦闘訓練以外だと、料理、というものも教えてほしい。朝に食べたあの甘いやつとか。あれは本当に美味しかった……」


リューシャは大気中の魔力を食べて生きている。だが別に経口摂取ができないわけではないのだ。ほとんど嗜好品とか呼ばれるレベルになってしまうが。

ちなみに朝食べた甘いあれというのはフレンチトーストである。


「そのあたりは、一人で生活してきた以上適当なレベルまではできるな。他には?」

「今は、訓練と料理でかまわない。人の生活というのは、とても不思議で、きっと他にも出てくるだろうからそのときに」

「わかった。それじゃひとまず、戻るか」


くるり、と方向転換をして建物へと戻り始めるレーヴェ。

リューシャがちらりと自分がなぎ倒した騎士たちへと視線を向ければ、人の悪い笑みを浮かべて彼は言った。


「ほっとけば治療班が片付けるさ」


かくして、リューシャと騎士たちの模擬戦はリューシャの圧倒的勝利で終了した。

いいのかな、とちらちらと後ろを振り返る彼女に治療班たちは軽く手を振ってにこやかに送り出す。

なぜならこの時点で彼らの目的は達成していたのだ。


ドラゴンが本当に信用できる人格をしているのかを確かめる。


その目的を。

それは、彼女を連れてきたレーヴェも知らない彼らの独断だった。


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