彼女の実力―壱
レーヴェがリューシャと共に出発し、西の町へと到着して一週間。
村の長と、西の町の町長と、この地域一帯を治める領主の代理(領主の息子)は日がな一日互いを罵り合っていた。
壁際に用意されたソファにちょこんと座ったリューシャと、その彼女のすぐ傍で控えるレーヴェ。
二人そろってため息を零す。仕方なく与えられた部屋に戻ろうと席を立てば、重要な話がある、と手招かれ、外の訓練場へと案内された。
そして、更なる厄介ごとが二人を待ち受けていた。
「「「手合わせ願いますドラゴン殿!!!」」」
リューシャの目の前には、完全武装した騎士たちがずらりと並ぶ。彼女の隣には頭痛を耐えるかのように頭を抱えたレーヴェ。
そしてその横に山積みにされた訓練用のいくつもの武器。
「どうしよう?」
「すみません、マジすみません…抑えられなかった……っ」
どうやら、レーヴェの所属する騎士師団の一部らしい。
レーヴェが所属するのはいわゆる遊撃部隊で、そこのメンバーは基本強さを求めて訓練を重ねる根っからの戦闘バカばかり。
今回の騒動によりリューシャの正体は簡潔に説明されていたのだが、隊の中でも屈指の力を持ち次期騎士団師団長と仰がれるレーヴェでさえ敵わなかったという話を聞いて、盛り上がってしまったらしいのだ。
「死なない程度に加減してくれればいいんで、相手してやってくれるか?」
「…元の姿で相手したほうがいい?」
「いや、それはちょっと…できればその姿のまま、叩きのめしてくれると嬉しいんだが」
「…ハルバードか、バルディッシュ、サイズのどれでもいいから借りていい?」
ちょい、と山積みにされた練習用の武器を指差し、リューシャは問いかけた。
その言葉に驚いたように彼女を見下ろすレーヴェ。
「武器使えるのか?」
「昔、教えてもらった。ニーナって人」
「アークトゥルスの十の騎士の一人、豪嵐のニーナ、か?」
「たぶんそのニーナ」
リューシャのその言葉に、レーヴェはうわぁ、と唇を引きつらせた。
豪嵐のニーナ、といえば女でありながら十騎士たちの中では最強とされ、怒らせたが最後胴体を真っ二つにされるとまで言われている女傑だ。
同じ十騎士の中の魔術士と結婚し、二人そろって波乱万丈な生涯を送っている。
ちなみにその軌跡はいくつか英雄譚となって歌われている。
「ちょっと軽い。ニーナが使ってたのはもっと重かった」
練習用武器の山からハルバードを引っ張り出したレーヴェからそれを受け取ったリューシャは、大の大人の男でも両手で制御しなければならないような武器を片手で軽々と回していた。
どちらかといえば小柄と称される体格のリューシャがそれをすると、下手な悪夢より悪夢である。
「うん、いけそう。レーヴェ、彼らを死なない程度に叩きのめせばいいんだよね?」
「あ、あぁ。いきなり悪いな、連中も悪意があるわけじゃないと思うから、適当に相手してやってくれ」
「問答無用で襲い掛かられたことはあった。けど、こうして相手をしてほしいと言われたのは始めて。少し嬉しかったから、かまわないよ」
「…そうか」
リューシャの返答に、チクリと一瞬苦いものを感じたレーヴェ。
彼女は、あそこでどれだけ一人でいたのだろうか。時折来る人間も、きっと対話をしようともせずに切りかかったり逃げようとしたり、叫んだりしたのだろう。
自分のように。
正面から戦ってほしい、と言われるだけのことを嬉しい、と笑みをこぼすリューシャに、彼女がどれだけ正面からの会話を望んでいるかを思い知らせる。
そんなレーヴェの動揺を余所に、リューシャと騎士たちは礼儀正しく礼を交し合い、武器を構えた。
「レーヴェも一緒にするの?」
思考の海にもぐりこみ、動けずにいたレーヴェに声がかかる。
我に返ったレーヴェは、小さく首を横に振った。この試合をとめられる人間が多分恐らく自分以外存在しないと理解していたからだ。
安全圏だと思われるところへと移動すると、救護要員としてつれてこられたのだろう、別の隊の治癒術師数名が呆れたようにため息をつきながらレーヴェの横に並んだ。
そして渡される笛。
「…審判は俺か」
「えぇ、適任かと」
にこやかにそう言われたことに、肩を落としながらレーヴェは大きく息を吸い込むと、思いっきり笛を鳴らした。