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砂漠の薔薇の竜  作者: 白桐沙蓮
本編
17/17

干渉



ツィルの言葉に、リューシャはそっと周囲の精霊たちや精霊樹の様子を伺った。

負の感情への反応はしていないようだ。

だからといってすべてがすべて信用できるわけでもないが、目安としては十分だろう。もしも彼女の言葉が覆るのならば、それなりの理由と決意がありそうだ。

悪意をもって害をなすのでなければ、特にこだわることもないと考えた。

謀計策略は当たり前、国を維持するには綺麗事だけではすまないのは百も承知。リューシャと国を天秤にかけて国を取るのが王というもの。

そういった意味では信用できる相手だ。

差し出されたツィルの手を握り返して、ありがとう、と微笑んだ。


「……ん?」


握手を交わし、さてこれで謁見は終了かと互いに考えていた瞬間だった。

一瞬の違和感を感じたリューシャは、とっさにツィルと己、そして控えていた侍女を対象に術を発動させる。


「六花盾《Hima Śīlḍa》」


燐光が三人の周りに出現し浮遊する。

瞬間、部屋中のガラスが砕け散り降り注いだ。ガラスは意思を持つかのように三人に向かってきたが、光に弾かれる。

弾かれる瞬間にガラスのサイズに合わせて雪の結晶のような一瞬の文様を浮かべており、危機的状況だというのにどこか幻想的な光景をツィルに見せた。

ガラスがすべて粉になり役に立たなくなると、リューシャが感じていた違和感が消え去る。

途端、騒がしい足音と怒号がサンルームであるこの部屋の外から聞こえてきた。

生きて出すな、なますにしてくれるわ、など正直物騒な言葉もいくつか聞こえてきたがとりあえず侵入者か、とリューシャはツィルに視線を向けた。


「…不届きものがこの城に忍び込んだようですね。他国からの間者などそれこそ吐いて捨てるほどおりますが、このような真似をすれば無事ではすまないでしょう」

「狙われたのは、どちらかな?」

「恐らくわたくしとあなた、両方かと思われますわ。殺せれば上々、殺せずとも力量を見ることができれば十分。あなたの術ですべて終了いたしましたが」

「竜殺しの武器すら持ち込まないで?」

「そうなのですか?わたくしは魔術の素養がありませんでしたから…」


王族だというのに、魔術の素養が無い。

これまた珍しいことだ。だが、ありえないことでもなかった。

魔術の素養は種族特性以外では完全にランダムで発現するものなので、普通の人間であるツィルに発現しなかったとてなんら不思議ではない。

よく継承問題で揉めなかったものだ、というのがリューシャの感想だ。


「そう。なら仕方が無いね。女王、腕を」

「こう、ですかしら?」


魔術の素養が無いということは、それに対抗する術が無いということ。

裏があるにせよなんにせよ、ツィルはリューシャと共に立つと言った。ならば、彼女はリューシャにとって守るべき対象だ。

古薔薇色の髪を数本引き抜いたリューシャは、それを紙縒りのようにまとめ細く細く魔力を流し込む。

その髪をツィルの腕にくるりと巻きつければ、淡い光と共にそれは一本の細いブレスレットになった。つなぎ目など、どこにあるのかすら分からない。


「六花盾の呪文を封じてあるよ。物理、魔術問わず人間で言う、んー、中級と上級の一部くらいなら弾ける。お守り」

「……あらあら、宮廷魔導師たちが泣いて欲しがりそうなお守りですこと」

「竜殺しの武器での攻撃は防げないし、人間の魔術や攻撃だって全部防げるわけじゃない。ドラゴンとか、他の幻獣種族の攻撃に関しては完全に無力だから、過信はしないで欲しいかな」


ちなみに、契約石を埋め込んでいるレーヴェだが。

ツィルに渡されたブレスレットとは違い防御の術は仕込まれていないので、普通に魔術も物理攻撃も食らう。

とはいえ最近の竜言語魔術の訓練のせいで人間性能を逸脱しかかってきているので問題は無い。問題が出てきそうになったら、六花盾よりも高位の術を封じるつもりである。


「王宮の中、というのもなかなか危険がいっぱいですの。ありがたいですわ」

「なら、よかった……それじゃ、わたしは帰ったほうがいいかな?」


扉の前で平伏して、女王の言葉を待つ近衛騎士たちを見やりながら、リューシャは言った。

彼らから飛んでくる視線は、警戒と猜疑と、そして恐怖と憧憬。

このガラス全損をやらかした人間を探すのにも、リューシャは邪魔になっているようだ。


「そうですわね、今日のところはお帰りになっていただいて大丈夫ですわ」


ちろり、とツィルが視線を向けると、険しい顔をした近衛騎士が何かしら視線で訴えている。まったく、頭の固いことだ、と内心ため息を零しながら後に言葉を続けた。


「後日、およびだてしてしまうかもしれませんが……」


現場にいた人間からすべて聞いて、何が起こったのかを調べたい、というのがこの騎士たちの本音だろう。

だが、裁定も含めてこのドラゴンをこちらの都合で拘束しすぎている。

引き時だろう。


「かまわないよ。ただ、レーヴェと出かけているかもしれないから、それだけは心に留めておいてくれると嬉しい」

「あら、デートですのね」

「でー…と……??」


こてん、と機微をかしげたリューシャに、これは本当に意味が分かっていないのだな、と理解したツィルは、少し悪戯っこめいた笑みを浮かべながら言葉を置き換えた。


「逢引ですわ」


……ぼんっ!!


少しのタイムラグを置いて、意味を理解したらしいリューシャが真っ赤になった。

人より長い時間を生きているといえど、人間年齢に換算してしまえば一応思春期真っ只中の初心な少女である。

ましてや、砂漠の奥地に引きこもっていたジジババっ子(先祖優先というか先祖大好き的な意味で)なリューシャである。


「や、その、レーヴェとはそんなんじゃ、ない」

「そうでしたの?」


報告を見ると、いつでも一緒で互いに気遣っていてお前ら自覚しろ距離が近い、な状態らしいのだが。

無自覚なのか、これは。


(芽生えたばかりで、気がついてすらいないですわね。下手に突いて壊してしまうのも、イヤですわねぇ)


とはいえ、これ以降はハニートラップも増えてくることだろう。

引っかかるとは思えないが、それでも予防策はとっておくべきかもしれない。


「そうですわね、王都の様子も見ていただきたいですし。お呼びするときは手紙でお知らせいたしますわ」

「そ、そうしてくれると、助かるよ」


お土産の薔薇の紅茶は準備済みだったのでそのまま手渡し、どこかふらふらと危なっかしい様子で騎士の案内の下立ち去るリューシャを見送った。

残った近衛騎士隊長と、ツィルは目を合わせて苦笑した。


「あれが御伽噺の竜で、ありますか」

「えぇ。わたくしたちの想像と違って、ずいぶん可愛らしい方でしたわ。ですが、気に食わないことをすれば王都を火の海に沈める位のことはなさるでしょうね」

「それは…」

「あの方にとって大切なのは、『世界に溶けた同胞の想い』と『共に立ってくれる仲間』だけですわ。そのどちらにも害が及ぶと判断すれば、迷わないでしょう」


そうでない限りは、協力してくれるだろうが。

とりあえず、馬鹿貴族による干渉は絶対に彼女の機嫌を損ねることになる。

早急に何とかせねば。できることなら、城の一角が吹っ飛ぶ程度で済ませたい。


「隊長。このガラスの雨を引き起こした者は?」

「捕らえてあります。いかがいたしますか」

「おそらく命令したのは貴族のどれかでしょう。洗いなさい」

「御意」


隊長に命を下し、ツィルは大きくため息を吐いた。

まったく。


「ドラゴンを意のままにしようなど、どこまで夢想家なのかしらね」





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