【閑話】ドラゴン一本釣り
満天の星が瞬く新月の夜、街道の途中で野営と相成った。
無理に進んでもすぐそばに町があるわけでもないので、日が沈むと同時に野営の準備は始まった。
大鍋を引っ張り出し、キャンプファイヤーだろそれとツッコミを貰いかねないほどの火を熾して干し肉や干し野菜を魔術で作り出した水と一緒にぶち込む。
干し野菜も干し肉も水を吸って元のサイズに戻り、そして水は野菜と肉の旨味を溶かし込む。少しばかり塩っ気を足せば、野外であるとはいえ十分に美味しい夕食の完成だ。
携帯食料であるカンパンやクッキー、黒パンなど各々好みのものをスープに浸して食べるのだ。
「肉よこせやぁあああああぁあぁ!!!!」
「誰がやるかボケぇぇぇぇええええ!!!」
時折聞こえる上記のような絶叫は無視する方向で、レーヴェとリューシャはのんびりと野営地の隅でスープをすすっていた。
主食はスティックタイプのスコーンである。
「この先の街の特産物はヒメリンゴ。リンゴは本当は寒いところで育てたほうが美味しいんだが、ここらではジャムとかにするからあまり関係ないらしい」
「酸味が強い、のかな?」
「そのままだと酸っぱくて食えたもんじゃない。ジャムにするとその酸味が逆に良いらしいな」
二人で小さな焚き火を前に、世間話に興じる。
とはいえ、これも大切なことだ。百年単位で引き篭もっていたリューシャは大雑把に国の歴史を学んだが、細かい地方ごとの特色などにはまだ手が届いていない。
また、レーヴェも当たり前すぎて教えることすら忘れてしまうような小さな事柄を確認するという目的がある。
昼は竜言語詠唱をリューシャが教え、夜は歴史や小さな世間話を交えて時代による常識の齟齬をレーヴェが埋めていく。
ここ最近のやり取りである。
「食べてみたいな」
「言うと思ったから、到着したら一瓶買う予定。アップルガレットブルトンヌもいくつか買おうか?」
「がれ…っと??」
今夜もやはり知らないことがコロリと転がり出た。
「ガレットブルトンヌはあまじょっぱい、厚焼きサブレ、だな。バターたっぷりだから食べすぎには気をつけないと、太……リューシャにはあまり関係なかったか」
「レーヴェ、世間に疎いわたしでもわかる。女の子にその言葉は禁句、だよ」
「だよな…」
「うん。とはいえ、そのあっぷるがれっとぶるとんぬ?美味しそうだから、楽しみにしているね」
お菓子などの食料系に偏っているのは、ご愛嬌というものだろう。
そもそも竜は世界にあふれる魔力を糧にして生きているので、肉や野菜などの摂取の必要がないのだ。
あるとすれば、極度に魔力を消費してしまった際の臨時措置だ。
それも、ドラゴンの姿で牛一頭丸呑みとかそういうレベルなので食文化はほとんど栄えていない。
そのため、食事などに関係する常識は皆無。
あったとしてもせいぜい焼けば美味しい煮てもなかなか、くらいの認識だ。
技巧を凝らした菓子など、まったく知らないも同然だった。
「本当に、リューシャは甘いものが好きだな」
「なんだか最近、これで釣り上げられてしまいそうな自分が怖い。どうしよう、レーヴェ」
「いや、そこは自重してくれ。本当に」
レーヴェの脳裏に、釣り針に菓子をつけてドラゴンを一本釣りする図、みたいなのが浮かんで真顔でリューシャに懇願した。




