プライド
ヤケクソになったエヴァリストの行動は早かった。
元々、リューシャと手合わせをした騎士たちからの評判は上々。また、街から街への移動中の襲撃で彼女の力を見たレーヴェと同類連中(御伽噺に憧れた)である騎士たちもリューシャに協力的。
まだリューシャを噂でしか知らない連中は、協力的な連中に協力を仰いで引き込めば問題なし。
非協力的なのは村長とその一派なので無視の方向で。
そんな感じで共に行動している一団を大雑把な括りに分けたのち、持ち前の情報戦略で味方に引き込むべきレーヴェ所属第12騎士師団をあっという間に味方につけた。
中立となったのは、領地全体の利益を考えなくてはならない貴族一派だけで、彼らも利があると分かればこちら側につくだろうと予想されている。
あまりにも日和見な意見しか口にしていないので完全な味方にはしないが。
現在、エヴァリストは駐屯所の一角で自身の上司である騎士師団長と顔を合わせていた。
騎士師団長の名は、ディート・エディル・グリム。
「おせーよ。いつ、オレの所に報告に来んのか、ガラにもなくやきもきしちまったじゃねぇか」
「あらぁ?…レーヴェ、報告しなかったのかしら」
「報告書だけまとめてヴァイセのやつに丸投げだ。ま、こっちも生贄だしてた馬鹿と生贄を受け入れるだけ受け入れて報告しなかった馬鹿と自分の利益しか考えてねぇ馬鹿の護衛とか、王宮の団長たちへの生体魔道具出現とか傀儡人形の襲撃とかの報告書まとめるので動けなかったからな」
「お疲れ様です、ディート師団長」
「まったくだ。で?なんだ、お願いってぇのは」
ディートは筋骨隆々とした、三十路も後半を超えた見るからに叩き上げのオヤジであった。
見た目同様中身も豪胆であり、気に食わなければ王だろうが将軍だろうが宰相だろうが噛み付く気概も持ち合わせている。
また、貴族であり、アークトゥルスの十の騎士であるライナー・エディル・グルンダー・グリムライテリンの直径の子孫でもある。おそらくライナーはひいじいさんかひいひいじいさんにあたる。
が、それを笠に着てバカをやる実家に愛想を尽かし、当時最年少であった十二歳で騎士団に入隊した経歴を持つ。
そんな彼を前に、エヴァリストはぴらりと一枚の紙を取り出した。
「師団長は気づいてらっしゃるでしょうけど、御伽噺の竜であるリューシャちゃんは現在、結構ヤバイ立ち位置なのよ」
「たとえば?」
「傀儡人形送って来た連中と生体魔道具を持ってるだろう連中はたぶん同一。で、リューシャちゃんが言うには、ドラゴンって、生体魔道具作るのに最高の素体らしいのよ」
「おいおい、そりゃマジか。せいぜい、貴族連中に戦争の駒として扱われかねねぇくらいだと思ってたんだがな」
ディートのその言葉も無理はない。
禁忌となっているその知識を、禁忌を犯したもの以外のいったい誰が持ちうるというのだろうか。
「戦争の駒の件は、まぁ彼女のドラゴンとしての制約のおかげでどうにかなりそうなんですけどねぇ?」
「制約?ドラゴンっつぅのは、世界最強の生き物だろうがよ」
「生まれた土地周辺五十キロを中心にして、面積にして約四十万平方キロメートル。それ以上は移動できないんですって。理由は知らないけれど、呪いみたいなものだそうですよ」
ここ、スヴァーティ王国の面積は約三十一万平方キロメートルほどだ。
喫茶店でリューシャはこの国の中でしか移動できないだろうと言っていたが、恐らくそれは二百年前の地図での話だろう。
砂漠化や戦争など諸々の諸事情により、面積は三分の二ほどに縮小している。
「無理矢理それを超えさせれば、どうなる?」
「死ぬそうです」
ばっさりと言い切ったエヴァリストに、ディートは悲喜交々として表情を浮かべた。騎士団の憧れと言っても過言ではないドラゴンを戦争の道具にしなくてすむ安堵と、史上最強であり、勝利できるのは選ばれた竜殺しの武器を持つ英雄以外にはいないと信じていたものを覆されたことによる悲しみだ。
「そんじゃ、貴族連中を抑え込むのは楽だな。更に安全策をとるなら、契約したレーヴェを英雄に奉り立てて騎士団に所属させちまうこったな」
「えぇ、と言うわけで師団長、サインくださいな♪」
最初に差し出した紙を裏返せば、それは入団希望書だった。
入団希望者名はリュー・アルトローザ、身元保証者の欄は空白。備考欄には、砂漠の薔薇の竜最後の一体であり、レーヴェ・イェーリスの契約者である。そう書かれていた。
「リューシャって名乗ったと思うんだがな、あの竜は」
「真名を隠すのは常識ですよぉ。文字にするならなおさら。それでも、一族を表すアルトローザをフルで入れてくれている以上、結構信用してもらえてると思うのよねぇ」
真名を知られぬために、人も精霊も竜も、姓名を隠す。
縛られる最大の条件である名の部分は当然のことながら、自身の出自を表す姓も厳戒態勢というわけではないが隠される。
エヴァリストは実家が王室付美容師というか美容院なので名が売れまくっており隠すこともままならないので名乗っているが。
レーヴェは実家の一部が大嫌いなので名乗りすらしていない。
ディートも当然、名も姓も短縮し隠している。
フルネームを知ることを許されるのは、両親か伴侶、契約者のみである。
「こっちとしちゃ、願ったり叶ったりな申し出だがな、その前に身元保証人の欄はどーした。レーヴェは契約者だ、保証人にゃなれねぇ。けどな、空白は論外だ。おめぇでもかまわねぇから署名しろよ」
「んふふ、わかってますよぉ。だ、か、ら、受付窓口じゃなくて直接ここに持ってきたんですよぉ」
分かってて言ってますよね師団長、とエヴァリストは笑う。
下準備は完了しており、後は彼のサインを待つだけという状態なのだ。
エヴァリストはオカマ言葉で話すし婚約者にはゲロ甘で見栄っ張りで戦闘は中の下という実力だが、こういった作業に関しては群を抜いて優秀だ。
むしろ、この騎士師団の情報系統をすべて統括している人間と言っても過言ではない。
自分のお気に入りを守るためならなんでもする。それがエヴァリストという人間だ。
今回のお気に入りの人間と言うのはレーヴェであり、そして甘党同盟を結成したことにより身内になったリューシャだ。
そして、彼らに連なることにより『敵(貴族と組織)』から目をつけられることが確定した騎士団一二師団すべてだ。
「リューシャちゃんは、貴族のバカからも、生体魔道具作ったバカからも狙われるのが確定してるって言ってたわ。けれど、それに共に立ち向かってくれるのなら、己にできる最大の加護をこの騎士師団にくれるって言ったわ」
それは、喫茶店で協力を約束した際に、彼女が言った言葉だった。
「ありがとう。わたしにできるすべてで、あなたたちに報いるよ」
彼女はそう言って笑ったのだ。
レーヴェに頼まれたから、やる。甘党同盟を結んだとはいえぶっちゃけそういう認識だったエヴァリストはその微笑を見た瞬間、全力を出すことに決めたのだ。
御伽噺の竜への憧れだけで動くには案件が正直重すぎた。エヴァリストにとって最優先で守るべきは自身の婚約者だ。
だが、それでも。
無条件に信頼を向けられて応えられないなんて、守ることを誓いに立てた騎士にとって有るまじき事だった。
エヴァリストは、例え武力では平均並で見かけと実家の伝手と自分の情報操作能力以外には武器が無くたって、騎士なのだ。
自分より強くたって、苦手な分野が確かにあって。
自分より賢くたって、知らない知識も沢山あって。
自分より年上だって、独りを怖がる女の子だった。
これでやらなきゃ、男が廃る。
レーヴェはとっくに覚悟を決めた。
本人は無自覚だろうし、リューシャも絶対分かってないだろうし、まだまだ芽が出た位の本当に微かな想いだろうけれど。
それでも、それを育てて華を咲かせて彼女にその華を捧げる覚悟を決めてしまったのだ。
「ねぇ、師団長。この言葉の理由、分かりますよねぇ?」
「……分からなきゃ、騎士やる前に男やめちまえって話だよ!保証人はオレたち第十二騎士師団だ!!代表として騎士師団長であるディート・エディル・グリムの署名も入れてやるよ!!」
ニヤリと笑ったディートは、エヴァリストからひったくるように書類の紙を奪い取り、サインした。即座に入団許可の印を押しつけた。
かくして、リューシャはこの騎士団に所属することとなった。




