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砂漠の薔薇の竜  作者: 白桐沙蓮
本編
10/17

200年

リューシャ、レーヴェ、エヴァリストの三人は駐屯地に程近い喫茶店の個室で向かい合って座っていた。

そしてテーブルの上には大量のケーキ、ケーキ、ケーキ。

胸焼けを起こしそうだ、と心なしか青褪めた表情でそれを見つつコーヒーを啜るのはレーヴェ。リューシャとエヴァリストの二人に関しては、目を輝かせながらそれらに噛り付いていた。


「んぐんぐんぐんぐ?(なにこれおいしいおかわりしていい?)」

「もぐもぐもぐもぐ(いいわよガンガン食べてちょうだい)」


どうやら甘党同盟が成立したようだ。

レーヴェにとってエヴァリストはそこそこ信頼できる男だったし、折を見て王都で味方のいないリューシャに損得勘定は絡むだろうが、信頼できる連中と引き合わせようと考えていたのであの出会い方の結果としては上々だろうか。


「それにしても、驚きよぉ。リューシャちゃんがあの御伽噺の竜だなんて」

「わたしとしては、未だに信じられない」


どうやら大き目のケーキやパフェに関しては満足したのだろう。

小さな一口大のお菓子をつつきつつ、エヴァリストはそうぼやいた。対してリューシャも口直しのレモンティーを啜っている。


「で、どーするのよ正直。王都は魔窟よぉ?絶対に戦力として彼女を雁字搦めにしようとするわよ貴族連中」

「だろうな。リューシャもそれは理解している。いざとなったら空でも飛んで逃走してもらう」

「……なんていうか、国の英雄にも等しいヒトに、なんて真似すんのよって感じよねぇ」


エヴァリストはそう言って、深くため息を吐いた。

騎士団連中はまだいい。レーヴェのように、御伽噺の竜や騎士たちに憧れてその道を選んだものも多い。むしろ憧れを抱いている人間のほうが多いだろう。

騎士団に所属している貴族出身者は、貴族同士のドロドロとしたやり取りに辟易してそれから逃れるために騎士団に所属している者が多い。

つまり、リューシャの味方になりやすい存在が比較的多いと言ってもいい。

だが、貴族連中は違う。

現在の内政はどちらかといえば騎士団が優勢だ。

理由としては一部地域の砂漠化やそれに伴う田畑の減少。連鎖的に発生する雇用不足による職にあぶれた者たちの、盗賊、海賊行為の増加。

そしてなによりも、魔物の活性化。

それを押さえ込んでいるのが、騎士団なのだ。

国民からの支持が高ければ、地位も上がるのは必然。また、確実に実績を重ねているのも要因だ。

対して、貴族連中といえば。

まともに政治能力を持った人間が国王の補佐である宰相や貴族院筆頭、筆頭補佐くらいなもので、それ以外に関しては地位を笠に着て贅沢のし放題。

どう自分自身のところに富を集中させるかにかまけており、役に立たないのだ。

余談ではあるが、騎士団長と宰相、貴族院筆頭の三名は幼馴染で、夜中にこっそり城を抜け出しては酒場で愚痴りあっているのを目撃されている。

主に愚痴るのはバカ貴族を率いて政治を回さねばならない貴族院筆頭で、騎士団長などはそれを慰める役割らしい。


「やりたくはないが、一度騎士団に取り込んでから自由にするなどの方法を取らざるをえないかもな」

「……むしろ、私は関わらなければならないかもしれない」


国内政治の問題点を考えて重苦しく呟いたレーヴェの横で、リューシャは目を瞑りながらそう言った。

レーヴェもエヴァリストも驚いたように彼女を見る。


生体魔道具ミストルティン。アレを作った人間が、最高の素体である竜の私を、見逃すわけがないよ」


町での監視、街道での襲撃。狙われたのはリューシャだ。

政争の駒にするために騎士団に所属する人間を狙っていたところに、リューシャが現れたという可能性も勿論あるが、たとえそうであっても生体魔道具のベース素材として最高のものであるドラゴンを見逃すはずがない。

空潜む星のヴェルーリヤたちが最大火力でもって破壊した国ひとつの魔力を食らった生体魔道具は、他国を侵略するために開発されたものである。

名を、『栄光齎す海ティアマト』と『始まりの混成物アウルゲルミル』という。

生体魔道具を監視用であるとはいえ作り出した人間が、それを知らないわけがない。


「竜といえど、無敵じゃないよ。多勢に無勢、ましてや竜殺しの武器を使用されてしまえば劣勢になる。禁忌とされている生体魔道具を監視用としてであっても作り出しているのだから、もっと、もっとと強いものを作ろうとすると思う」


その思考の先で狙われるのはリューシャだ。

狙ってくるのが人間である以上逃げに徹してしまえばしばらくは逃げ切れるだろうが、だがそれも永遠ではない。

それに、竜には致命的な弱点とでもいうべきものがある。


「それに、私たち竜は生まれた大地よりあまり遠くへと行けない」

「どういうことだ?」

「呪縛にも似ているよ。原初の竜は好きなようにあちらこちらへ行けたようだけれど、代を重ね強くなっていくにつれて、世界に害をもたらしかねない竜もいた。それらの被害を抑えるにはその土地に縛り付けてしまえばいいと考えた誰かが私たちを縛り付けた」


誰がその呪縛を竜に課したのかは、『世界接続』でも分からなかった。

世界の中でもトップシークレットということなのだろうと、リューシャは考えている。

そもそも知ったところで解除できるとも思っていない。解除できたところで余計なトラブルの元だろう。


「リューシャちゃんの移動できる範囲は、どのくらいなのかしら?」

「たぶん、この国の中だけ。それ以上になると能力の低下から始まって、心臓が止まる」

「絶対に国の外に出ようとか考えちゃだめってことね」


これはリューシャを国外侵略の武力として狙う貴族連中から物理的に逃れられないのと同時に、戦争への利用を制限することが可能な情報だった。

それでも国外への兵器としての運用を叫ぶものは、生体魔道具との関与を疑うことができる。まぁ、そうそう尻尾は掴ませないだろうが。


「こうなって考えると、騎士団に所属させてしまったほうがいいかもしれないな」

「政争には巻き込まれちゃうけど、貴族に取り込まれるよりはマシでしょうしねぇ…」


男二人、同時に項垂れた。

こうなってくると、生贄を求めた件の決着と同時に騎士団それもレーヴェやエヴァリストの所属する遊撃師団に引き込んで貴族から切り離して、と色々と根回しが必要になってくる。特に、騎士団長やそのあたりに根回しをしないとならない。


「ねぇ、レーヴェ…」

「今更逃がさないからなエヴァ。もしも逃げたり裏切ったりこちらの不利になることをしたら即刻、お前のアレとかコレとかソレとか、婚約者にバラすからな」

「い、イヤァァァァァ!?!?そ、それは止めてマジ止めてお願い!!!」


襲撃者のおかげで王都での採決以外の厄介さが増してきたので、味方は一人でも多いほうがいい。

厄介ごと以外の何者でもないから聞かなかったことにしたい、と視線を投げかけてきたエヴァリストの思考を呼んだレーヴェは、彼にしては珍しく満面の笑みを浮かべてそう言った。

頭を抱えて震えるエヴァリスト。

その様子に、紅茶をすすっていたリューシャは彼らの力関係を見た。


「すまない、リューシャ。ただ生贄の件を片付けるはずが、こんなことになるとは」

「気にしないよ。生体魔道具が出てきた以上、遠からず私は狙われた。ひとりで立ち向かうはずだったそれに、あなたたちが協力してくれる。心強いよ」


生体魔道具が、リューシャの住んでいた砂漠の近くで利用された。たとえあの時リューシャがレーヴェと共に旅立たなくても、きっといつか遠くない未来に、リューシャは関わる羽目になっていたはずだ。それも、味方のいない状態で。

そう考えれば、今の状態はとてもいい状態だと言える。

それに、リューシャは思い出してしまった。他人といることがこんなにも楽しかったことを。


(ニーナはどう思うだろう。ディディエも。ライナーにヴェルナー、クラウス、カイ、ザシャ、アーデルハイト、カミラ。あなたたちは私に一人にならないでほしいと言った。私はその約束を守れなかった。あなたたちが帰ったその寂しさに負けて一人になった)


「ああもう、いいわよ腹くくるわよ!こうなったら手始めにウチの部隊巻き込んでやりましょ!!」

「そっちがリューシャに突撃かけた結果なんだがな。とりあえず協力感謝する。あとは騎士団長だな」

「そっちもどうにかするわよ!王室付き美容師一族出身者舐めんじゃないわよ!?」


(世界は回る。誰も一人ではいられない。私もきっとそういうこと)


「リューシャ?」

「なんでもないよ、レーヴェ」


ヤケクソになったエヴァリストを軽くいなしつつ、レーヴェは不意に黙り込んだリューシャを見て首をかしげた。

薄く微笑んでなんでもないと言うリューシャ。


「なんでもない、よ」


砂漠の薔薇の竜の最後の一人として生き延びることは確かに正しいことだし、それを望まれているだろうけれど、今ならあの頃のように親しい者が国に帰り、そして逝ったからと、種の保存を言い訳に引き篭もることはないだろう。

友人が逝ってしまえば寂しい。けれど、こうやって新しい友人にもめぐり合える。

人からすれば長い年月を経て、リューシャはそれをようやく知った。


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