打ち切り等について想い考えること
それこそ漫画や小説等を、私が読みだした昭和の頃から、よくある話でして、令和の今になって言う、語るべき話ではない気が、私自身もしてなりませんが。
人気が無いとして、小説や漫画等が、いわゆる打ち切りになることは、昭和の頃からよくあることだったとしか、言いようがありませんでした。
そして、それが良くあることだ、として読者側も甘受してきたのが現実、と言っても過言ではない気が、私はしてなりません。
この辺り、出版社の経営事情等からして、当然のことだろう、と言われても当然です。
実際に週刊少年ジャンプが、後発の週刊漫画雑誌でありながら、週刊漫画誌の頂点を極めたといえる存在にまで躍進して、それこそ公称600万部以上を一時は謳われるまでに繁栄を極めたのは、人気が無ければ、大物漫画家でも容赦なく連載打ち切りを行なう、というシステムを貫いたからこそなのは否定できない現実だ、と私は考えざるを得ません。
その一方で、私なりに考えますが、漫画の場合は、それこそ雑誌連載が単行本化されるのが当たり前で、雑誌での連載終了時の取り扱い等から、読者側も、
「これは打ち切りだな」
と阿吽の呼吸で察するのが、当たり前になっていた気が、私としてはなりません。
そして、漫画の場合に、連載打ち切りになった後で、単行本は出るのか否か。
言葉は悪いですが、いわゆる空気から読めるのが大方だったように、私は考えます。
でも、小説の打ち切りは、そう読める代物ではない気が、私はしてなりません。
私が空気が読めない人間だからかもしれませんが、それこそ小説のシリーズ人気について、読者側からどれだけの人が推察できるだろう、とまで私は考えます。
それこそ順調に続刊が出ている、と表面上は見えていたのに、続刊が出なくなってしまい、気が付けば数年以上が経って、打ち切りとしか言いようが無い小説のシリーズが幾つあることやら。
一巻完結の小説シリーズでしたら、其処までの大ダメージを、私も受けないのですが。
それこそ、この後で色々な真相が明かされる、更にはラスボスはどうなるのか等々、心から私が続刊を期待していた小説シリーズが、具体名を挙げると本当に荒れかねないので、具体名は伏せますが、本当に複数存在しています。
(そう言いつつ、私としては、故佐藤大輔氏の作品群について、未だに死んだ児の歳を想わず数えることを未だにしてしまいます。
「征途」以外を全て未完にしたことについて、罵倒される方を御見受けしたことがあり、私も一部に同意しますが、そうは言っても、と惜しまれて私はなりません)
それこそ20世紀末に、以下、続刊となってしまい、20年以上も続刊を待っている小説のシリーズさえも、私にはあるのが現実です。
そして、ネット検索で作者の現状を追ってみると、消息不明で、それこそ生死さえ分からない作者さえも、複数いるのが現実だったりします。
雑誌連載の漫画でしたら、それこそ掲載順等で人気の有無が、読者側からも察せられて、これは打ち切りになるかも、と事前にかなり察せられましたが。
つい最近になるまで、私の感覚で言えば、平成20年代になるまで、小説の売り上げ等は、読者側では分からない方が多くて。
「えっ、人気が無かったの。それで、続刊が出ないのか」
と驚く事態が当たり前のようにあった気が、私はしてなりません。
最近だとネット小説から人気が出て、商業出版される例が増えていて、そういった場合、商業出版では打ち切りになっていても、ネットで完結まで読める例が当たり前のようにあり、私としてはダメージが減っていますが。
そうは言っても、ネットで完結まで読めるとは限らない現実が。
本当に辛いことです。
御感想等をお待ちしています。




