メイドの独り言
赤ん坊として生まれて良かったのは、抱っこされるということだ。母に抱っこされることはもちろん幸せなのだが、メイドに抱っこされるのも悪くはない。ここのメイドは美人が勢ぞろいで目の保養になる。
「ねぇレギラ、私今日屋敷を留守にするから、ジャンをお願いね」
母であるキャサ姫はそう言って屋敷を後にした。レギラと呼ばれた人物は俺のことを腕で抱えて、恐ろしいほどの真顔で見下ろしてきた。赤ん坊を見るとは思えないほどのポーカーフェイスだ。美形な顔立ちもそれだけで勿体ない。
「どうしましょう。そうですね、ジャン様、どうしますか?」
冗談だと言ってくれ。こんな屋敷のメイドなんて優秀であるはずなのに、赤ん坊に対する接し方がまるでなってないぞ。まだ生まれて数日しか経っていない人間に、そんな質問をする奴がいるか。
「あうあううあう(伝わんねーよ)」
「そうですか、お腹が空いたのですか」
「あう!(ちげぇ!)」
「しかし先程朝食は済ましたばかりですよ」
「おうおうああうあうあう……(もう勝手にしてくれ……)」
そう考えると母とはすごいものだ。言葉にならない俺の言葉を汲み取ってくれるのだ。そういうものなのか、勘がいいのか分からない。でも単純にすごいとは思う。
「そういえば料理長に新作を味見するよう言われております」
まさか赤ん坊に新作の毒見させる気なのか。
「辺境の地で調査を行っている派遣隊によってレシピが送られたのですが、紫色のスープでして、とてもじゃないが食べようとは思えないんです」
なんか既視感があるな。
「デベチュギラスープというらしいですが、デベチュギラの汗に含まれる塩分がうまみになっているらしいです。食べてみますか」
「あう(やだ)」
「そうですか、私の代わりに食べてくださるのですね。ありがとうございます」
このレギラとかいうメイド、俺に伝わっているかとか関係なしに都合よく使ってやがる。俺がなんと言おうと厨房への足は止まらないんだろうな。
しばらく歩いて、レギラは立ち止まった。
「ビギン、デベチュギラのスープの試食をしたいと、ジャン様がいっております」
中から聞こえてきたのは「ガチャガシャ」という金属音でバタバタという音と共に扉の開く音が聞こえた。抱っこされているままだとレギラの顔しか見えなくて、自由がきかない。
「ジャンがぁ? もう喋れんのかよ」
ぶっきらぼうか感じの声が聞こえた。どう考えてもここで働いているらしくない口調だった。中性的な声色だった。
「ええそうです。しっかりとコミュニケーションを完了させました」
「いやいやお前食いたくないからって、ジャンに押し付けただろ」
レギラはポーカーフェイスを崩さなかったが、まぁ「バレた」とでも思っているだろう。このメイド、もしかしたら馬鹿なのかもしれない。
「うちの料理が疑われる時代はもう過ぎただろ? もう地下牢に閉じ込められたくねぇから、変なもの料理に入れねぇよ」
「いえ、ビギンの料理が国王を殺したという疑いは私が晴らしたでしょう? それは私がビギンを信用しているからですよ。たしかに私はあなたに厳しくしましたが、あなたはそれで誰かを殺す人じゃないでしょう」
「いやそれとこれは別問題だろ……」
「まぁ、ジャン様の意向ですので、例のスープを」
「流石にお前が食えよ。部屋で待ってろ。今から作るから」
扉の閉まる音が聞こえて、レギラはまた歩き始めた。ベチュにぃ時代に飲んだあの紫のスープは美味しかったから、意外とありかもしれない。まぁあのスープのまま出てきたら色々おかしな話になるが。
いつも母と過ごしている部屋へと戻って来た。大きな机にはたくさんの物が置かれていて、そこにいつもの頭を抱える母の姿はない。国王、父が死んでからというもの、内政は母に委ねられることになったため苦労しているようだ。代わりの人物などいくらでもいたのに、俺意外に跡は継がせないと行動し始めたのだ。困った母だが、そこには偏った考えが見えていて、この国は大丈夫なのかと少し心配になった。俺が継いだ時にちゃんとやっていけるのか不安だった。その時のために、今の内からこの国のことについて調べものをしておいたほうが良いのかもしれない。一人になれる時間があればいいのだけど……
俺は柵のついたベッドに寝かせられた。ここは嫌いだ。不自由すぎる。無理やり泣いて出てやろうか。そんな技術は持ってないけれど。
「ジャン様、きっと国王の血筋を引いておられるので、私の言葉も理解されているのでしょう。私の顔を見て泣きださない子供は過去いませんでしたが、やはりあなたは違う。恐ろしいほどに特異です」
レギラのポーカーフェイスが、ベッドであおむけの俺に向けられてそんなことを言ってくる。俺が言葉を理解している根拠が血筋のみなんて、どれだけ父はすごかったのだろうか。ただ俺からしてみればその父は皆に尊敬されるほどの人間には見えない。
キャサ姫も、レギラも、他のメイドもジェスタを除いて全員が女性。しかも全員が美人と呼べる見た目で、それは趣味嗜好を透かしているように見えた。父は相当な女好きであったことは目に見えていた。女性陣には申し訳ないが、男の俺にはよく分かる。そうしたハーレムを作りたいことも、父の好みが吊り目だということも。
「きっと今頃キャサ姫はあなたのスキルを調べるために、教会へと足を運んでいるでしょう。キャサ姫のスキルと亡き国王のスキル、どちらを継いでいるか、私も興味がありますね」
そ、そういえばここ異世界なのか。なんでか分からないけど、スキルとかの存在のこと忘れちゃっていたな……。父のスキルってなんだったんだろう。やっと転生ものらしくなってきたな、無双するのが目的だったけれど、今となっては意外とこの生活も悪くない。
だがこの生活に一つ文句を付けるなら、ここのメイドたちはすこぶる掃除が下手だというところだろう。この部屋は母の手によって綺麗に片付いているが、屋敷の所々が物で溢れていることがある。一度それが気になっていろいろ見ていたが、即座にレギラが飛んできてその物を会議室の中に放り込んでいた。
「気にしないでくださいジャン様」
そう言いながら閉める会議室の扉の隙間からは、中に沢山の物が溢れているのがよく見えていた。引くほどの量だった。この屋敷には掃除が得意な者はいないというのだろうか。
「ジャン様が生まれたので、護りに重点を置くべく派遣部隊を帰還させることになっています。新しくチョンとセスタという人物がやってきますから。チョンは掃除が得意ですし、屋敷が綺麗になりますね」
チョン……? いやいや流石に偶然か?
朝日が部屋に入りこんでいる。あの時、カーテンから差し込んでいたように。
「できたぞー」
扉をノックしながら入って来たメイドは、その手に紫色のスープを持っていた。
「何度見ても、食欲が失われます。デベチュギラスープの名に恥じません」
そのスープは、紫色のスープで、ぐつぐつと煮立っている。その料理が一瞬あの化け物に見えるぐらいには、そのままあのスープだった。




