転生二回目!
非常に心地が良い。喉元が苦しい気がするのはきっとあの死に方をしたせいだろう。今度は水の音も何もない。体が暖かく包まれていて、とにかく心地が良い。なんだろう、どこか懐かしみすら感じる、この微妙なぬくもりでフィットする感じ……
——布団だ!
目を開けると、俺はベッドに寝かせられているようだった。寝ながら辺りを見渡しても、木でできた明らかな人口の建物の中にいる気がする。動かなければ何も起きなかったあの世界とは違う。きっともう何かが起きている。ここは大人しく待つべきだ。なんなら
記憶が受け継がれている。
そのうち俺の親にあたる美人な母か、宿屋の娘とか、幼馴染でもいい。まさか二回も転生するだなんて思ってもみなかったけど、この状況で誰もいないなんてことはないはずだ。きっと女神さまは鼻でもほじりながら俺のことを転生させたんだろう。じゃないとあんな世界作り出せない。
——コンコンコン
扉が開く。もうここまできたら誰でもいいから優しい人間よ来てくれと望んで、部屋に入って来た者を見る。
俺は絶句した。なんだ、この化け物は。
「キュルキュル、キュキュル(大丈夫? 熱中症には気を付けてって言ってるでしょ。最近畑仕事しすぎなのよ)」
そう言いながら入って来たのは、くらげのような半透明な胴体に、手なのか足なのか分からないものがたくさん生えている化け物だった。メジェドのような目が付いていて、表情を読むことすらできない。子供の描く火星人みたいだ。
違う! 俺はこんなの求めてはいない! え! 人間はどこだよ! さっきは俺人だったよね⁉ あとなんでキュルキュルしか言ってねぇのに意味わかるんだよ! 怖いよ! 確かに転生してるし、展開あるけどさ、これ絶対主人公にすることじゃないよ!
「キュル(これ食べて元気出しな)」
待ってくれ何だこの紫色のゲテモノは。入ってる肉みたいなものも青色だし、スープなんがぐつぐつ煮立ってるし、あんまその状態で料理出さんだろ。
ん? 待て、まさか——
布団をめくって、自分の体を見る。
うわあああああああああ! 俺も化け物じゃん! 嫌だ! なんだこの手足多すぎるだろ! こんなにいらねぇよ! なんか感覚神経多すぎて頭バグりそうなんですけど!
「キュルキュル?(どうしたの? まだ具合悪い?)」
くそ、この化け物が母親なのか分からんが優しくされたら困るよ。もう少しこのふざけた体に気づいていれば、きっと俺は何かしらで自殺してまた転生しただろうに。こんな優しくされたら、もう簡単に死ぬこともできない。これからどうしよう。
くそ、これどうやって話せばいいんだ。キュルキュル言っとけばいいのか?
「きゅ、きゅる? きゅる……」
なんだその目は、こいつとうとう狂ったかみたいな目で見ないでくれ!
「キュル、キュルキュル?(なにそのきゅるきゅるって。疲れてるの?)」
おいこれそのまま話していいんかい。
「なんでもない。ちょっと記憶ないから、もう少し寝とく」
するとそれは何故か伝わったようで「記憶がない⁉ お母さんのこと忘れちゃったの」とショックを受けていた。忘れていても一発で母親だと分かるのは、俺の母さんに似ているだからだろうか。こんな俺でも、こうして面倒を見てくれた母さんに。
くそ、そう思うと余計にわざと死ぬなんて選択はできない。これで俺は生きていくしかないのか……ちょっと思ってた転生ではないけど、受け入れよう……
「キュルキュル(しばらくは休んでて)」
化け物母ちゃんはそう言って部屋から出ていった。
ベッドの近くにある机に、紫色のスープが置かれている。湯気が立っていて、色さえどうにかなればただの優しい料理に見える。申し訳ないし、食ってみるしかないか。
熱いお椀を取って、少量をすする。喉を通るのは、暖かい液体。
——美味い…………なんで?
「ベチュにぃー!」
という叫び声と共に、部屋の窓ガラスがバリンと割れた。スープを布団に吐き出して窓を見ると、なかなかに大きな石が部屋に転がってきていた。今時外から石を投げて人を呼ぶやつがいるのか。
布団から出て、慣れない大量の手足を床につけて窓に近寄る。ガラスが飛び散っていて、カーテンから明るい光が差し込んでいる。カーテンがゆらゆらと揺れるその合間から、また石が飛んできた。
「へぶっ!」
顔面に見事に当たった石はさっきのよりも大きかった。
「ベチュにぃ! 見せたいものがあるから早く外に来て!」
純粋な少年のような声が聞こえる。よく聞いたらきゅるきゅるとは言っていない。まさか人間なのだろうか。
部屋から出て、音を聞きつけた化け物母さんが駆け寄ってきたが、少年に呼ばれたことを伝えると「またか」という反応をした。まさかの親しい関係性が既にできあがっているとは思わなかった。どう面と面を向かわせられればいいのだろうか、悩む。
一般的な家のようで、すぐに玄関は分かった。体は化け物だが、生活様式はそこまで人間と大差ないようで安心した。扉を開けると、これまた自然豊かな空気の澄んだ世界がお出迎えをしてくれた。家が何軒か建っており、小さな集落のようだった。
玄関前に立って「ベチュにぃ!」と近寄ってきたのは、小さな少年だった。オレンジ色の髪の毛が、緑色の瞳をより際立たせている。まだ幼いのか小柄で、でもどこか、底抜けな明るさは感じなかった。
「えっと、君は?」
すると少年はハッと息を飲んだ。しまった。明らかに友好的な接し方をしているのに、最悪なことを聞いてしまった。友達がいなかったことのつけが回ってきている。
「ご、ごめん、えーと、その俺倒れちゃって、記憶がなんかなくてさ……」
あたふたと説明すると、少年は、一瞬だけ真剣な顔を見せた気がした。すぐに無邪気な顔に戻ったが、どうも違和感のある顔だった。この少年は、いわゆる親を亡くしていて、その悲しい過去を背負ってる系の少年だな、と予想した。そんでこの集落に行きついて、なんだかんだ上手くやってるみたいな感じだろうと。
「記憶なくなっちゃのかー。そうかー」
少年は「ロン」と名乗った。そのあとすぐに「嘘だよ、本当はチョンだよ」と言った。なんで嘘をついたのかは分からないが、本当に記憶が無くなったのか彼なりに探りを入れてみたらしい。
「そういえば見せたいものって?」
「着いてきて」
自然に導かれるようにそこに辿り着いた。そこには木でできた小屋が建っている。ちょっとした物置小屋のようで、意外としっかりしている。
「これ、せっかく完成したんだけどさ、記憶ないなら、もう約束も忘れてるよね?」
ぐぬぬぬ。純粋無垢な少年との漢の約束を忘れるだなんて、ベチュにぃは何やっているんだ。……あれ、俺ベチュっていう名前なの? なんか汚くない?
「ホントはね、この小屋が無事にできたら、ベチュにぃとここで住むって約束していたんだよ……」
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。きっと今までの色んな思い出や記憶があってこその感動で、約束なんだろう。なのに俺は、転生したばっかりに、何も思い出すことができない。それどころか、人一人の希望を潰してしまった気分だ。
「ベチュにぃだけが友達だったのに……」
とうとうチョンは泣きだしてしまった。俺はどうすればいいのか分からずにあたふたしてしまった。涙を腕で何度も拭って、チョンはだんだん落ち着かせるように深呼吸をし始めた。表情が落ち着いたが、
「ふう」
泣き止んだチョンは、また意味深な顔をした気がした。
「ベチュにぃ入ってよ。思い出話とか、しよっか」
手を繋がれて小屋の中に引かれる。チョンは顔を見せてはくれなかったけれど、その顔を見たくはないなと思う、重い背中だった。小屋の中が、どこまでも続く暗闇に見えた。
中に引きこまれて、雰囲気の良い小屋に入る。チョンは小さな机をどかして、手のひらを床にあてた。なにやらぶつぶつ言っている。
床から噴出するように風が流れ始めた。チョンの髪の毛が逆立って、床から水色の光が鼻垂れると、そこにいかにもな図形たちが現れる。
——魔法陣だ。
「ベチュにぃ、記憶が無くなったなら、教えてあげる」
無邪気な少年から、人の心を失った少年のような、無気力な口調になっていた。なにがなんだか分からずに、俺は転生ものっぽい展開に心を躍らせていた。
チョンは水色の魔法陣の中に腕を突っ込んで、何かを抜くように腕を引いてゆく。
「僕は、ベチュにぃの思うような子供じゃない。とっても恐ろしくて、人間味がなくて、怖がられる子供なんだ」
腕が魔法陣の中から取り出したのは、立派な短剣だった。神聖な光景に目を奪われしまっていたが、これマズイ状況なのではないかと理解する。
「ベチュにぃ、今まで騙しててごめん。でも、僕のこと忘れたんなら、もう良いんだ。これ以上何も思い出を作らないでいいんだ」
いや待ってくれよ。これで殺されるのか俺は。勘弁してくれよ。自殺の次は他殺か。
「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて、どういうこと」
チョンは「説明するには、また時間がかかるんだ」と言って短剣を完全に取り出す。見た目はシンプルだが、生物を殺すのに必要なものは揃っている。
「僕はね、王都から派遣された人間なんだ。この集落を滅ぼす命令を受けてね。ベチュにぃはさ、僕に優しくしてくれたんだ。まぁ、もうその記憶すらないんだ。だから、殺しやすい。一緒に過ごした日々を、今のベチュにぃは何も思わずに死んでくれる。僕は悩んでいたんだ」
いやそんなことはどうでもいいんだよ。だって君との思い出は何一つないんだから。お涙頂戴的な展開なのかもしれないけど、俺には混沌としか受け取れないよ。
「せめて後悔のないように殺してあげたかったから、好都合なんだ」
え、俺殺されるじゃん。早くない? なんのために転生してんだよこれ。
「ごめん、ベチュにぃ。苦しまないように、一撃で殺してあげるから」
気づいたら、俺はもうチョンに刺されていた。痛いとか、死んだとか思う前に、俺の目の前は真っ暗になった。その真っ暗な意識の中に、チョンの、ひどく悲しそうな顔が張り付いて消えなかった。




