真相
「ジャン様!」
勢いよく扉を開けたレギラは、目を覚ました母のことを気にも留めずに机に近づく。レギラはポーカーフェイスを崩して、確かに驚いた顔をしていた。
「これは……文字……? なぜ……」
筆談を続けようと、また紙に文字を書き始めた。気が付いたらジェスタも母も、その紙を覗き込んでいた。
「せつめいはあとにしたい。いまは、れぎらとはなす。ふたりきりにしてくれ」
それを読んだ母は「ええなんでぇジャァン……やだぁ!」と泣きながらジェスタと部屋を出ていった。月明かりが強くなって、朝が近づいているのがわかる。
「ジャン様、私を呼んだ理由を簡潔に」
やはり話が早くて助かる。レギラの人間味のないところは、こういう非現実的な時にかなりの機能性を持つ。ここで上手いこと会話できなければ、俺はこの絶好の機会を失うことになる。何かに追われているわけでもない。世界の滅亡が近づいているわけでもないし、黒幕が俺を殺そうと企んでいるわけでもない。でも、この瞬間に、この瞬間でないともう二度と俺はこんな行動を起こせない気がする。
もう転生ものなんて求めない。これは俺の人生だ。俺が選択をして、俺が決断をして、俺が誰かのために無双、いや役に立つんだ。便利なスキルも、美人な仲間も、圧倒的な身体能力だって、いらない。そんなものは、いらない……!
チョンの顔がふっと浮かんで、そういう思いがいっそう強くなる。俺のことを殺したことをチョンは悔やんでいるはずだ。そのうちチョンに直接、心配しないでくれと言っておきたい。今は、一つずつ整理していきたかった。
「れぎらをよんだのは、なぜははがないているのかしりたいからだ」
「キャサ姫様が泣いている理由は、ジャン様が知っても……」
「おしえてくれ。おねがい」
レギラは、しばらく沈黙した。いくら俺がこんなことを言い始めたとして、理由を話すことが何になるのかと思った。しかし、親が泣いている理由を知りたがるのは自然なはずだ。
「キャサ姫様が泣いていた理由は、大切な方を亡くしたからです」
「ちちのことか?」
「いえ、今は亡き国王が亡くなったとき、キャサ姫様は悲しんでおられません」
「どういうことだ」
「国王を殺したのは、紛れもないキャサ姫様だからですよ」
ん? 国王を殺したのは母? 意味が分からん。
「嘘に聞こえるでしょう。しかし、亡き国王には皆が頭を抱えておりました。女性に対する非人道的な行為に、キャサ姫様はしびれを切らしたのでしょう。料理に毒を入れて毒殺したのです」
俺は頭をフル回転させた。国王が美人ばかりを周りに置いていたことはやはり性格の悪さに直結していた。しかし、殺したのがその妻だとは思わなかった。ではなぜ、あの時「父の意志を継ぐ」などと言っていたのだろう。
「でも、はは、なきちちのいしをつぐ、といっていた」
「それは、キャサ姫の父上のことでしょう。立派なお方でしたから」
そっちかい。紛らわしい言い方してんじゃないよ。また頭を回した。であれば「大切な方」とは誰だ……
「では、なぜないている?」
「チョン、というメイドが死んだからです」
衝撃が走った。チョンという名前が聞こえたと同時に、あのオレンジ髪の、緑色の少年の顔が思い浮かんでくる。そして、すぐに消えていった。
「ちょん、とは、おれんじかみの、みどりいろのめをしたひとか」
それを呼んだレギラは「なぜ……!」とやはり驚きを隠せずにいられなかった。ジャンは心の中で「繋がった」と確信していた。やはりこの世界で転生していると。
そしてチョンのあの時の悲しそうな顔を思い出した。俺を殺した時、悲しそうだったチョン、俺は転生しているって伝えない……と……。あれ。
チョンは、死んだ?
どこか頭がおかしくなりそうだった。
「おれはちょんをしっている。なぜころされた? だれがころした?」
レギラも、頭が破裂するほどの混乱に取り込まれていたようで、目を泳がしながら情報を整理しているようだった。
「殺した人物は未だ調査中です。なぜ殺されたのかも不明です……」
チョンのことを思い出した。ベチュ族に転生したとき、チョンは派遣されていたとかどうとか言っていたはずだ。それは、辞典にも書いてあったナントカっていう病気のことか? もしチョンが殺されるなら、あの時殺された俺の死体がバレて、同じベチュ族に殺されたという線しか思いつかない。
「べちゅぞくにころされた。というかのうせいはないのか?」
レギラは顎に手をあてて「なぜ、そう思うのです」と言った。
「おれはてんせいして、いちどべちゅぞくにてんせいした。そのとき、おれはちょんにころされているんだ」
それを読んだレギラは「少し待ってください」と言って、机の上から新しい紙とペンを取り出して、ものすごい勢いで何かを書き始めた。
「えーと、えーと、ジャン様が転生? チョンに殺された? えーと……」
レギラは目をぐるぐるさせているようだった。そのうちスンと突然真顔になって
「わかった」
と言った。
「神話だ」
レギラはそう言って、またジャンに向き直った。
——そのころ、キャサ姫、ジェスタ、ビギンの三人は厨房に集まっていた。真剣な顔で三人は佇んでいる。
「私のせいだわ。私の」
キャサ姫はひどく落ち込んでおり、その背中をジェスタがさすっている。
「いつまでめそめそしてんだ、キャサ姫らしくない」
ビギンはそう言って机の上に足を置いている。
「私の判断が間違っていたんだわ。だってあいつはまだこの世界にいるし、チョンまで私のせいで殺してしまった。私が悪いのよ、このままじゃ、ジャンだって何かで死んでしまう。どうしよう、どうしよう……」
キャサ姫は様子がおかしくなっていった。ジェスタは顔色を見て、ビギンの顔を見た。
「まずいです……暴走してしまう……!」




