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血の匂いは好き嫌い

霧は、いつもより低く垂れ込めていた。

足首に絡みつく白が、逃げ道をじわじわと曖昧にする。


沼地の奥、微かに聞こえる人間の叫び声。

助けを求める声ではない。怒鳴り合い、命令し合い、恐怖をごまかすように声を荒げている。


――またか。


私は歩みを止めない。

止める理由が、もうどこにも見つからない。


霧の向こうに、数人の男たちが何かを囲んでいた。

武器はバラバラ、構えもバラバラ。統率も覚悟もない、ただ数だけを頼りにした愚か者の群れ。


獣か。――それとも、私か。

刃が向けられる先など、正直どうでもよかった。


男の一人が、何かを投げた。

鉄片が霧を切り裂き、俺の頬をかすめ――


触れさせなかった。


空気が歪む。霧が逆流する。

次の瞬間、男の腕が不自然な方向へ折れ、悲鳴が弾ける。

恐怖が遅れて伝染する。


私は、何も言わない。

言葉は、戦うためには不要だからだ。


足元の水面が波打つ。泥が跳ね、霧の向こうの視界が揺れる。

それだけで、男たちは自分の位置さえ見失った。


――視えぬ敵ほど、脆いものはない。


一人が逃げようと背を向ける。

私は、視線だけで追う。


霧が刃となり、静かに、しかし鋭く裂く。

血が水面に落ちる音だけが、異様に大きく響く。


残る者たちは、ようやく理解する。

これは襲撃ではない――排除だ、と。


誰かが叫ぶ。

「魔女だ!」


――相変わらず、便利な呼び名。

私はわずかに眉をひそめる。


戦いは長く続かない。

覚悟も揃わぬ者たちは、散発的な抵抗で終わる。

最後の一人が膝をつく頃には、霧は何事もなかったかのように静まり返っていた。


私は、そこに立っていない。

立つ必要がないからだ。


ただ少しだけ思う――

最近、人間は似た顔ばかりだ。

似た願い、似た恐怖、似た終わり方。


選ぶ言葉も、刃の向け方も、驚くほど同じ。

そして――それが、一瞬の油断を誘う。


霧が晴れれば、また誰かが来る。

同じ顔、同じ願いを抱えて。


――私はそれを、叶えるだけ。

それ以上でも、それ以下でもない。


水面に微かな波紋が残る。

血の匂いは霧に溶け、静寂が覆う。


振り返らない。

理由はただ一つ――

この沼地で、振り返るほどのものを、まだ一つも見ていないからだ。


しかし、霧の奥で、次の影が足を踏み入れた瞬間――

その静寂は、すぐに破られることになる。

ここまでご覧くださりありがとうございます!

次回も楽しみに!

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