霧の向こう
夜明け前の沼地。霧はまだ濃く、湿った空気が肌を包む。だが、昨日までの戦いの後とは違い、どこか静謐で温かみを帯びている。水面には、淡い光が揺れ、私たち三人を柔らかく映す。
アレクは少し笑みを浮かべ、私を見つめた。その瞳には、戦いの覚悟だけでなく、長い時間をかけて育んだ信頼と、揺るがぬ想いが宿っている。私はそれを見て、心が震えた。理解できない人間――と距離を置くつもりだった私の心は、静かに開かれ始めていた。
アミットは、そんな私たちを遠目から見守る。小さな手で自分の胸を押さえ、心臓が早鐘のように打っているのが伝わる。その瞳には、私やアレクへの尊敬と、友情を超えた想いが混ざり合っている。彼女の存在は、まるで霧の中に差し込む光のようだ。
「……エノア」アレクが呼ぶ。
「……覚悟は、もう十分だ」
私はうなずき、静かに魔力を解く。霧が柔らかく揺れ、昨日までの恐怖も、争いも、すべてが水面に溶けていく。
「……これからも、そばにいる」アレクの言葉に、私の胸が熱くなる。理解できない人間のはずなのに、その揺るぎない意思が心に深く届く。
アミットは嬉しそうに笑い、そっと私たちに寄り添う。「よかった……二人とも」
私は、初めて心から微笑んだ。人間を理解できない私でも、この二人となら未来を歩ける――そう確信できたのだ。戦いの記憶も、願いの代償も、すべてが今の私たちを形作った。
霧が徐々に晴れ、朝日が沼地を柔らかく染める。水面に映る三つの影は、昨日の戦いの影を残しつつも、新しい日々への希望を象徴している。
私は静かに告げる。
「――もう、振り返らない」
アレクはにっこり笑い、アミットは手を握る。三人の歩幅を合わせ、霧の向こうへ、未来へ、一歩ずつ踏み出す。戦いも絶望も、これで終わりだ。
沼地に沈む霧の中、私はようやく理解した――希望と絶望の狭間で、心を通わせることこそ、真の力であり、真の絆であると。
そして、霧が晴れる頃、私たちの物語は、新たな光と共に、静かに幕を閉じた。
完結までお付き合い頂きありがとうございます!
これにて完結いたします




