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数を数えるのをやめてみた

人間は、いつも同じところで立ち止まる。

霧の向こうを恐れながら、それでも足を向けずにはいられない。

期待と不安を同じ重さで抱え、最後にはどちらも手放せずに、こちらへ来る。


願いの内容は、まだ口にされていない。

けれど、その結末だけは、もう見えていた。


人は追い詰められると、選択肢が増えたような顔をする。

実際には、道が一つに絞られているだけなのに。


霧が揺れ、湿った空気が動く。

足音が一つ、二つ。

慎重さを装った歩幅も、息を殺す癖も、どこかで見覚えがある。


私は立ち止まり、振り返らないまま、ただ待った。


少しの沈黙のあと、金属の音が鳴る。

剣だ。

鞘から抜く音は、やけに大きく、霧の中に不格好に響いた。


「……いるんだろう」


声は低く抑えられているが、震えを隠せていない。

恐怖か、期待か。

どちらにしても、結果は変わらない。


次の瞬間、空気が鋭く裂けた。

躊躇のない一撃。

だが、狙いは甘い。


私は一歩だけ位置を変える。

それだけで、剣先は何もない霧を切り裂き、勢いを失った体が前に流れる。


足元の沼が、音もなく人間を受け入れた。


「な……っ」


驚きの声。

予想外だったのだろう。

けれど、それも想定の範囲内だ。


霧が濃くなる。

私がそう命じたわけではない。

ここでは、それが自然な振る舞いだった。


人間は膝をつき、剣を支えに立ち上がろうとする。

だが、うまくいかない。

泥に取られた足は、思った以上に自由を奪う。


その姿を見て、私は考える。

――次は何を言うのだったか。


助けを乞うか。

罵るか。

それとも、願いを口にするか。


答えを待つ気にはなれなかった。


私は近づかない。

距離を詰める意味がないからだ。


「……魔女……」


その呼び方も、久しぶりに聞いた気がする。

否定する理由はなかった。


霧の向こうで、人間は何かを悟ったように息を呑む。

恐怖が、ようやく形を持った顔だ。


私は、それを確かめることなく背を向ける。


この先に起こることを、もう数える必要はなかった。

数えなくても、同じだから。


人間が生き延びるかどうかも、今は重要ではない。

重要なのは、ここに留まる理由が、見当たらなくなったということだけだ。


霧の奥へ歩き出す。

背後で何かが叫ばれた気がしたが、言葉までは届かなかった。


振り返らない。

振り返るほどの違いが、そこにはない。


霧は静かに閉じ、

また一つ、よく知っている光景が、視界から消えた。

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