決断
霧が深く、夜の沼地は静寂を極めていた。水面がわずかに揺れる音だけが、闇を切り裂くように響く。私は立ち尽くし、周囲を見渡す。誰もいないはずのこの場所で、確かな気配を感じる──それは、今日という日の結末を告げるようだった。
「……来たのね」
独り言のように呟く。口元に微かな笑みを浮かべながらも、胸の奥は緊張で固まっている。今夜、この霧の中で、全ての答えを決めるのだから。
遠く、微かな水音。足音。私は静かに魔力を解き放ち、霧を渦巻かせる。空気は振動し、夜の静寂を破る。紫の瞳が鋭く光り、緑の髪が微かに揺れる。白い肌に霧が絡み、私は幻想のような姿となる。
「……覚悟はあるのね」
声は静かに、しかし確実に届く。霧の中に立つその人間、アレク・カリス・フェルド・エノデンドラドは、私の目を真っ直ぐに見つめ返す。
「……ああ。告白じゃない、覚悟だ」
彼の言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなる。人間の心の強さ、愚かさ、純粋さ、すべてが混ざったその目は、私にとって理解不能な輝きを放つ。
霧の中で、私は彼の覚悟を確認し、静かに微笑む。願いの代償を恐れず、ただこの瞬間に立ち向かうその姿勢は、私の支配力をもってしても揺さぶられるものだった。
「……ならば、契約を結ぶ」
私の声に、霧が震え、周囲の空気が凍りつく。水面に小さな波紋が広がり、夜の静寂が再び訪れる。しかし今度は、恐怖ではなく、決意と信頼で満ちている。
アレクは小さく頷く。恐怖も迷いもなく、ただ私を見つめ、そして共に歩む覚悟を示した。霧の中で、私は今日も願いの代償を喰らい、しかし同時に、新しい未来の扉を開く。
彼の覚悟が、私の孤独を溶かすように、夜の沼地に淡く光が差し込む。静寂の中で、私は確かに感じた。人間と魔女の間にも、理解を超えた絆が芽生える瞬間があるのだ、と。
霧はまだ濃いまま、しかし、心の奥には確かな温かさが広がる。
私は微笑む──今日という夜を、そして彼という存在を、そっと抱きしめながら。
次回もお楽しみに!




