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届かない場所

霧の中に立つと、思考が妙に澄む。

余計な感情が削ぎ落とされて、残るのは本音だけだ。


アレクは、無意識のうちに視線を巡らせていた。

探しているのは、魔女ではない。


――アミットだ。


少し離れた位置。

決して前には出ないが、必ず視界に入る場所。


彼女は、そこにいる。


「……相変わらずだな」


小さく息を吐く。

呆れでも、軽蔑でもない。


むしろ逆だ。


アミットは、理解している。

自分が踏み込めない場所があることを。

そして、踏み込まない方がいい瞬間があることを。


それができる人間は、案外少ない。


大抵の人間は、善意という名の好奇心で近づく。

恐怖という名の正義で、線を引く。


だが彼女は違う。


見ている。

距離を測り、空気を読む。

自分が“不要”になりつつあることさえ、たぶん分かっている。


それでも去らない。


――厄介な人だ。


アレクは、そう思う。


魔女を恐れない人間は、珍しくない。

だが、恐れないまま深入りしない人間は、ほとんどいない。


アミットは、魔女を理解しようとしない。

理解できないことを、理解している。


それは、尊重に近い。


アレクは一歩前に出る。

魔女の隣に立つ。


その瞬間、背中に視線を感じる。

振り返らなくても分かる。


――見ているな。


不思議と、嫌な気はしない。


むしろ、安心する。


彼女がそこにいる限り、魔女は“孤立”しない。

誰にも理解されない存在であっても、完全には一人にならない。


アレクは、魔女に惹かれた理由を思い返す。


理解できなかったからだ。

恐ろしくて、綺麗で、どうしようもなく人外だったから。


アミットは違う。


彼女は、理解できないもののそばに立つ“人間”だ。

それを自覚したまま、役割を選ぶ。


「……敵わないな」


ぽつりと呟く。


自分は前に立つことしかできない。

覚悟を見せることしかできない。


だが彼女は、後ろに立つことを選べる。


それは、勇気の種類が違う。


霧の向こうで、アミットが小さく肩をすくめるのが見えた。

こちらを見ているのかどうかは分からない。


でも、分かっている。


彼女は、魔女のためにここにいる。

自分のためでも、評価のためでもない。


アレクは、魔女を見る。


彼女は何も気づいていない。

気づかないままでいい。


人外である彼女に、人間の感情を理解させる必要はない。


理解できない存在がいることを、

理解している人間がいる。


それだけで、この霧の世界は、少しだけ救われている。


「……頼むから、消えないでくれよ」


誰にも聞こえない声で、そう願った。

次回もお楽しみに!

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