霧夜
霧はさらに濃く、夜の闇をすっかり覆い尽くしていた。沼地の水面は月明かりにちらちらと反射し、静寂の中に微かな波紋を描く。
私は息を潜め、霧の向こうの気配を探る。先ほどの人間は、まだ生き延びているのか。それとも、あの一瞬の魔力で怯え、霧の中に身を潜めているのか。私の瞳は紫に光り、緑の髪が夜風に揺れる。白い肌が霧に溶け込み、まるで幻想の一部のように見える。
小さく、しかし確実な水の跳ねる音。――動いている。すぐに感じる。心臓の鼓動のように規則正しく、だが恐れる必要はない。私が動けば、水面も空気も、すべてが私の意志に従う。
「……まだ隠れるつもり?」
囁く声は夜を切り裂くことはないが、霧を通して全てを支配する。私の魔力が波紋となって水面を走り、霧を渦巻かせる。足元の水も、空気も、私の手中で微かに震える。
水を踏む気配に向かい、一閃。光が霧の中で走り、影を断つ。相手は避ける、しかし逃げられるわけがない。私の魔力は圧倒的だ。触れる前に、すでに精神を締め付け、恐怖を味合わせる。
「……愚かね、人間は」
私の声に含まれるのは軽い嘲り。しかし心の奥底では、少しだけ刺激されている自分に気づく。いつも人間の愚かさを見下していた私が、今はほんの少しの興味を抱いている。
水面を蹴る音は止まらない。相手は私を試すかのように、一瞬の隙を狙ってくる。私は軽く笑い、霧を操り、彼の視界を封じる。暗闇の中、私の存在だけが鮮明に浮かぶ。
「……逃げられると思っている?」
言葉は必要ない。霧の圧力だけで、相手の体も心も抑え込む。だが、その挑むような気配が、少しだけ私を楽しませる。魔女として、圧倒的であり続ける喜びと、人間の小さな反抗――そのコントラストは、何度経験しても飽きない。
霧の奥、私は静かに微笑む。紫の瞳が夜に光り、緑の髪が揺れる。今日もまた、人間の願いと恐怖を手中に収め、支配の夜は続く。
次回もお楽しみに!




