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霧は今日も深く、沼地を覆っていた。

私はその中を滑るように歩く。足音ひとつ、波紋ひとつも残さず、まるでこの世のものではないかのように。


「ふふ……人間どもは、今日も愚かに足掻いているわね。」

囁く声は、霧の奥で反響し、冷たい空気を震わせる。紫の瞳が淡く光り、緑色の髪は水面の霧に溶けてゆく。白い肌に霧が絡みつくたび、その輪郭は幽霊のように揺らめいた。


前方で、幾人かの人間が、魔女の存在を信じぬまま迷い込んでいた。彼らの心臓は高鳴り、恐怖と好奇心に揺れ動く。私は微笑む。彼らの小さな命の鼓動が、私の耳に届く限り鮮明に。


「……願うのね?」

指先をひらりと動かすと、水面の霧が裂け、黒い影が生まれた。彼らは立ちすくむしかない。逃げようとしても、足は沼の粘土に沈む。


一人の若者が、必死に刀を振るう。金属が空気を切る音が霧に吸い込まれる。私は一瞬でその攻撃を避け、影のようにその背後に立った。


「──欲しいものがあるのなら、代償も知っているはず。」

囁きは冷たく、だが心を抉るように重い。彼は初めて、恐怖以外の感情に震える。希望と絶望、二つの感情が同時に心を支配する。


霧を指先で裂き、沼の水を操る。黒い渦が彼らの足元から湧き上がり、逃げ場を奪う。全ては私の掌の中、全ては私の世界。

笑い声が霧に溶ける。人間の必死な声も、叫びも、全て私の遊戯の一部に過ぎない。


そして、私はまた歩き出す。霧が私の足跡を覆い隠す。

この世界の秩序は、私が望むままに曲がり、折れ、消えてゆく。

今日もまた、願いの代償を喰らい、世界は少しだけ静かになる──私の足音以外、何も残さずに。

次回もお楽しみに!

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