お名前は?
霧の沼地を抜けた先、薄紫の光がぼんやりと道を照らしていた。私――いや、魔女としての私は、静かに足を進める。周囲の空気は張り詰めているはずなのに、向こうから軽快なステップが聞こえてくる。人間だと分かるが、その雰囲気はどこか……妙に緩い。
「おやおや、こんな霧の中で一体何してるんだい?」
声の主は背筋が伸び、にこやかに笑う青年。身なりはきちんとしているのに、どこかチャラい軽さが漂う。手をひらりと振って礼をしたその仕草に、思わず吹き出しそうになる。
「……あなたは誰?」思わず聞く。彼は軽く肩をすくめて、にやりと笑う。
「はじめまして。名前長すぎるから、アレクって呼んでくれればいいよ。」
紳士的な言葉遣いに、陽キャのノリが混ざっている。どこから見ても油断ならない相手だ。私は眉をひそめつつも、わずかに興味が湧く。久しぶりに、面白い相手が現れたかもしれない。
「ふん、面白いわね。」私は呟き、手をひらりと振る。紫の瞳が光り、緑の髪が風に揺れる。光に映える白い肌は、まるで儚い幻影のようだ。アレクはその美しさに目を丸くして、思わず口をつぐむ。
「わ、わぁ……すごい……」彼の声は慌て気味。だがすぐに、片手を胸に当てて軽くお辞儀。「いやいや、魔女さん、マジでキレイだね!」
私は思わず口元を緩めそうになるが、ぐっと堪える。「魔女よ。……それより、人間がこんな所に足を踏み入れるなんて、無謀だと思わない?」
「えー、無謀? いや、ちょっとドキドキしたくてさ!」アレクは片手を後ろに回し、照れ隠しに髪をかき上げる仕草をする。その無邪気さと紳士のハーフ具合に、思わず眉が跳ね上がる。
霧の奥で私は力をほんのり操り、周囲の水面を淡く光らせる。足元に反応するアレクの動きは、慎重だがどこかコミカルで、まるで子供が水たまりを飛び越えるようだ。
「……さて、どうするかしら。」私は低く呟く。戦闘も、威嚇も、すべてが遊戯のように感じられる――だがこの遊戯、彼がうっかり熱中しすぎると面倒なことになりそうだ、と内心で思った。
次回もお楽しみに!




