樺太鉄道物語 第1章~終戦とともに~
※ これは架空世界です。これだけ注意してください。
2035年3月10日 ようやく終戦の日がやってきた。
2031年から始まった(正確には2022年のウクライナ事象が初めてだが)戦争、「第三次世界大戦」とのちに呼ぶのだろうか、ロシア連邦ー中華人民共和国とその仲間と、アメリカ連邦ーEU諸国との陣営戦い、アフリカ・とアジアが戦場となり、日本はいわいる防波堤の役割として行っていた。
結果的に、ロシアー中国陣営が敗北、ロシア連邦は解体され、極東ロシアは、サハ共和国・オホーツク共和国(カムチャッカ半島~ウラジオストクまでのオホーツク沿岸の州)・に分割統治することになった。
日本は、千島列島と樺太島それに付随する小島を取得した。
その中でも、樺太島の中に焦点を合わせよう。
樺太島は、戦争が始まってすぐ、アメリカ軍を中心とした軍隊が上陸、激しい戦闘が行われた。ロシア軍は、激しく抵抗し、地雷敷設なども行った。2031年5月に戦闘が開始され、2032年8月に戦闘が終了した。特に南部に関しては、奇襲作戦であったのにもかかわらず、すべてを破壊した(いわいる焦土作戦をやられていた)ので、それの仮復旧に時間がかかり、北部は徹底抗戦され、死者数が増加した。
私に命じられた業務は、樺太の交通インフラ(主に鉄道と空港)を復旧せよという命令・・・
正直思っていることがある。
無理じゃね?
そもそも、戦争で全島民避難した挙句、北部には地雷敷設と。
南部はすべて壊され、駅脆く似ない状態。大泊~三ノ沢くらいだよまとものは。
と思ってしまった。
さて、まずまず、港と空港を新たに建設しよう。
鉄道はそこからだ。
まずいいと思ったのは、留多加だ。
三ノ沢~新場間を復旧すれば、新場~留多加館の線路を引き直せばいい話。
もともと、第2次世界大戦前の地盤が残っている。
工事は、元兵士にまかせよう。
技術要員になる。
2037年1月、大泊港~大泊~一ノ沢~三ノ沢間を応急的復旧。今後の復旧物資運搬だ。
2037年6月、三ノ沢~新場間仮復旧。
及び、大泊~三ノ沢間の複線化工事を開始。今後の輸送形態を考えての行動だ。
2037年8月、新場~浜路(仮)間仮復旧。
留多加港建設物資保管所として建設。
2037年12月、大泊~三ノ沢間複線化完了・三ノ沢~新場間複線化開始。
及び浜路(仮)~留多加(仮)間仮復旧・留多加港完成に向け、加速。
2038年3月、三ノ沢~新場間複線化完了。
新場~豊南地区間の調査完了・復興工事認可が下りた。(2038年3月1日)
新場~豊南(仮)間の建設開始。(2038年3が宇10日)
大泊~新場~浜路間の旅客運転開始。(2038年3月23日)
大泊駅・楠南町駅・一ノ沢駅・三ノ沢駅・新場駅・浜路駅開業。(2038年3月23日)
2038年6月、留多加港建設完了!(2038年6月4日竣工・2038年6月25日運用開始)
留多加っ郊外地区(区分・小里)までの復旧工事許可が下りた。
浜路~留多加駅間開業(留多加駅開業)。(2038年6月25日)
・・・・ここまでやってきた。
なんだよ、工事認可遅すぎ!
まじで複線化工事終わったで!
豊原までは、いつになるのやら・・・
豊原の街づくりの担当者?と話をした。
鉄道を基軸にしたいって!
やったぜ!
今後の協議が楽しみだ~
どんな街並みになるのやら・・・
いかがでしょうか?
架空の戦争から架空の国まで
情報量多めになりましたで。
1300文字・・・・
まだまだ少ないかな?1話分にしては・
まあ、いいでしょう。
途中から年表形式になりましたが、
まあ、それ以上書くことがない・・・
次回以降もこの形式になります。
次回もお楽しみに!




