試合
「さあ~まもなく始まるこの戦いで、新たな世界チャンピオンが誕生する」
「互いに、通算99勝で迎えたこの試合」
「前人未到の100勝目に達するのは、どちらかだけ」
「今宵、伝説を目撃する。準備はいいか?」
「い~ざ。決戦の時!」
「試合開始時間は、7時30分です。皆様、もうしばらくお待ちください…」
控え室~1
椅子に座り一点を見つめる男。
やっと、ここまで来れた…
世界チャンピオンを夢見て、今まで何百戦と戦ってきた。
ここまでの戦いは、どれも接戦だった。
時には、ぼろぼろに負けることもあった!
やっとの思いで掴んだ、このチャンス。負ける訳にはいかない。なのに…
「よりによって、対戦相手があいつとは、な・・・」
控え室~2
「準備はいいな?」
「嫌です…」
「行くぞ!」
「無理ですよ!」
柱に抱きつく男と、男を引き剝がそうとするトレーナー。
「何が無理だ。ここにくるために、頑張ってきたんじゃないのか」
「嫌なものは、嫌なんです」
「嫌なのは、相手が幼馴染だからか」
「・・・」
控え室~1
まさか、あいつが決勝まで上がって来るとはな~
「あいつは、虫一匹殺さない優しいやつだった」
控え室~2
「あいつは、残忍な奴なんです。僕が、虫嫌いなのを分かっていながら、
僕の体に虫を付けて『逃げないように、見張っていろ』って。
そのうえ、虫が体から飛んでいったら、
『なんで捕まえなかった。お前のせいだぞ』って怒るんですよ」
「大丈夫だ。試合に、虫は持ち込めない。
もしも、虫を隠し持っていたとしたら、審判に抗議すれば負けにできる!
・・・多分?」
「たぶん?」
控え室~1
少しお腹が空いてきた。
昔のあいつは、毎日、お菓子を分け与えてくれていたな~
「あいつは、人の傷つく姿を見るのが嫌いなやつだった」
控え室~2
「あいつは、暴力的な奴なんです。
昔は、僕が貰ったお菓子をあいつに分け与えないと、必ず殴られていました。
質が悪いことに、直接では無く日常の中で殴るんです。
鬼ごっこの時『タッチ』『ぐはっ』
じゃんけんの時『最初は、グー』『ぐはっ』
寝ている時『ぐはっ。ぐはっ。ぐはっ。』
僕は、あいつを見ると、体に震えが走るんです」
「それは…災難だったな。だが、昔の話だろ?
今のおまえには、鍛え上げた体がある。脅えることは無い」
「…寝ている時に関しては、旅行先であった最近の話です」
「そ、そうか。しかし、打たれ強く成長できたんじゃないか」
「どれだけ打たれ強くなっても、痛みはあるんですよ!」
控え室~1
「あいつは、誰にでも思いやりがあるやつだ」
控え室~2
「あいつは、面倒なことを何でも押し付けてくるんです。
掃除・洗濯・飲食店の支払い・ファンへの対応
全部、僕に押し付ける。あいつにとって、僕は雑用係でしかないんですよ」
「・・・仲が良いんだな、おまえ達」
控え室~1
「あいつが居なければ、今の自分は存在してない」
控え室~2
「あいつのせいで、今、ここに居るんです。僕は、暴力が嫌いなんです。
直ぐに辞めるつもりだったのに…
あいつの練習に付き合って、同じメニューをこなしていたら、
あれよあれよと、試合に勝利してしまい…
いつの間にか、こんなところまで来ちゃったんですよ」
「・・・分かった。おまえが、この試合に出るのであれば、
この試合で引退してもいい」
「本当ですか…」
「ああ。約束しよう」
控え室~1
「時間です」
あいつとの対戦成績は、2勝2敗の五分。
しかし、直近2試合は敗けている。
この戦いに勝利したほうが3勝。つまり、真の勝者になる
「よしっしゃあ!三度目の正直だ」
控え室~2
「時間です」
「時間か…準備はいいな」
「安心しろ。おまえは、あいつから2勝しているんだ」
「2敗もしていますよ?」
「勝った試合も、相手が調子を落としていただけで…」
「勝ったという事実が大事なんだ。二度あることは三度ある」
「ふー」
ひとまず、試合には、出てくれそうだな。
…上手く乗せられたのか?
これで勝ったとしても、勝ち逃げでの引退は、相手がさせないと思うが…
「さあ、お待たせしました。選手の入場だ!」
ウォーーー
「睨み合う両者。勝者の女神を手にするのは、どちらだ?」
「これが、最後だな」
「ああ、最後だ」
「試合開始だ~」
カンッ
fin




