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09 黒と橙「良い響き」


 車体がぶつからない所を見ると後続の女も徐々に減速をしているのだ、とレンジは感じ取り、両者ともそのままゆっくりと停車を目指す。


 背後の女にレンジの意思が伝わる。

 要求通りの減速に気をよくしたのか、女の言葉遣いが先程とは打って変わって襟を正す様にしおらしいものに変わる。


「ほ、本当に? あ、ありがとう! 街道の脇に寄せて停車してね!」


 その変わり身の速さに少々疑問を抱きながら、レンジは女の言葉通りに絨毯を脇に寄せて停止した。


 だがレンジは俯いていて、決して振り返ろうとはしない。

 停止することに応じはしたが。女の気配を背後に感じながら相手の要求が何か、その点に不安と疑念を抱いている様だ。

 女が歩み寄り、レンジの前方に回り込んで来ようと足を運んできたその時、レンジは声を大にする。


「ひとつ聞かせてくれ! お前は何者だっ!?」


 女は、ビクッと表情を凍らせると、その歩みをピタリと止める。

 レンジのその声には怒りの感情も含まれている。

 だが振り返りもしないで質問をしたレンジに、女が控えめの言葉を放つ。


「そんなに警戒しないでよ。あたしは冒険者で名前は、ラムナっていうの」


 予想外な回答にレンジは目を見開くが、尚も振り返らずに。


「冒険者?! ……取り締まり、じゃないのか?」


 レンジの零したセリフが意外過ぎたのか、ラムナは目をパチクリとさせた。

 レンジがとんだ誤解をしていたことに気づき、ぷっと噴き出した。


「(笑ったのか、こいつ?)なんで俺を呼び止めたんだ? こんな危なっかしい真似までして!」


 レンジの脳内に残る衝撃的な記憶が招いた誤解だということを棚に上げて。

 その声には怒気が含まれていた。

 だがラムナも問い返す。


「止まって話を聞いて欲しかっただけよ。それに危なっかしいってどういうことですか?」


「決まってんだろ? スリップストリーム走行の件だ! 事故になって怪我をしたらどうするつもりだったんだ?」


 走行中に、不意に威圧的な態度で追っかけをした。レンジは煽りも含めた危険行為を彼女に指摘する。


「え、一体なんのこと?? あたしは、あなたが空を飛んでるのが不思議で夢中で追いかけただけの花の14歳よ!」


 その言葉を聞いて、レンジは顔を上げた。

 相手は本当に好奇心だけで近づいて来ただけの、ただの少女なのかと。

 今度はレンジのほうが目をパチクリとさせてキョトンとした。

 どうやら、レンジは単なる自分の早合点だったと気づいた様だ。


「マジかよ! 怒鳴り散らすから、てっきりレディースに追走され絡まれた時の嫌な思い出が思い起こされて勘違いしちまった」と、レンジは胸を撫でおろした。彼女の乱暴な呼び止め方に内心臆していた。面倒に巻き込まれそうな予感が先走ってしまったのだ。


「ホントそれだけよ。魔術士のあなた名前はなんていうの? 顔を見せなさい」


 そういって、レンジの前方にトコトコと回り込んできたラムナの姿をじっくりと見た彼は口をポカンと開けて一瞬沈黙した。その後レンジは質問に対して質問で返してしまう。


「お……おお! も、もしかして……獣人…………なのか、君?」


 レンジの目は文字通り点になっていた。互いがようやく顔を合わせた。

 背後の威勢のいい女はまさかの獣人族だった。ようやく謎が解けた。

 乗り物などには乗車しておらず、速足で追いついて来ただけだったのだ。


 ばっさりとした長髪がふさふさと腰まで伸び、さらり風になびく。頭部に大きいケモ耳が付いている。フェンリルっぽい容姿。狼系女子だ。性格は明朗活発だ。


「もしかしなくてもラムナは獣人なの! そんなに驚くトコですか? ちょっとあなた名前をいいなさいよ、ズルいわよ!」


 まさか素足で追いつかれていたなどとは想像だにしない。

 よく確認もせずに「ぶっちぎり」をかましたのはいけなかった、と反省するレンジ。

 でも、すぐ気を取り直して。


「いや、そうだよな。申し遅れました。俺は、黒遠(くろとお) 煉児(れんじ)です……けども」


 レンジが軽いお辞儀を加えて頭を掻きながら名を明かすとラムナは何故か、ふくれっ面で怒り出した。


「もう! それどっちが名前なのよ! クロなの? オレンジ色なの!? もしかして二つ名ってやつ? 獣人を馬鹿にしてませんか?」


 レンジの目が再び点になった。首を手を横に振り、見下しなどはないと断固否定する。

 恐らく人生でそこを突っ込まれる経験がなかったのだろう。


「黒とオレンジ……か。電子レンジとは言われたけど。なんだか心地よい響きだ」


 陰キャでぼっちになりがちな自分を振り返る様に。彼の表情に温かみが篭る。


「それじゃ、レンジと呼んでください。レンジが名前だから、ね?」


「レンジなのね。クロはいいのね? なくても……」


 別になくても困らない。

 レンジは獣人族の少女ラムナに優しく微笑んで首を縦に振ってやる。


「うん。それでいい。良い響きだ」と。



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