08 記憶の片隅に「主人公レンジは誓いを立てる」
レンジの瞳はちらりと背後を気に掛ける。
「女子か……なんかめんどいな。交通規制でもあるんかな? やな予感する!」
耳に届いた声の主は女だ。
他者との関りを嫌っていたレンジの表情は、むすっとしていた。
レンジはそう言うが早いか、前傾姿勢を取り、自慢の絨毯を一気に加速させた。
背後に迫る謎の女との距離を空けるために「ぶっちぎる」つもりだ。
減速して捕まったら間違いなく罰金だとでも思ったか。
「言い方は中坊ぐらいに聞こえたが。気が強そうだったしどっかのご令嬢かもな。へんっ! 少しはビビったか? 風力を強化すりゃ50でも出せるしよ」
時速で言うところの50キロを叩き出したようで原付ならフルスロットル。
レンジは涼しい顔で加速した速度を維持するために前傾姿勢で脇目も振らない。
「確認のためにわざわざ振り返って、顔を見られるのも面倒だ」
呼称する職業名が違う。しかし、声は自分を指名していると感じ取った。
後ろ髪を引く厳しい声に対し、レンジは止まるつもりなど毛頭ない。それを態度に現した。
レンジは涼しい顔をしてそのままスルーを決め込む。
思いっきり差を開かせてやり「ざまぁ!」と言わんばかりにレンジの口角が上がる。
しかし、背後の謎の女の声が消え去ることはなかった。
「あんた、失礼な人ねっ!! 早く止まってくださいよっ!!!」
いっ!? っと思わず零しそうになる。レンジは見事に意表を突かれた。
フルスロットルのはずなのに……。
「マジかよ! 追いつかれたのか? こいつも魔術使いか!?」
相手は所詮、少女だ。急加速で距離を取れば、と優越に浸ったのも束の間。
距離を置けてなどいなかった。
人は誰でも似たような能力を持つとその発想も似てくるものだ。
魔法に関してはこの世界の住人に一日の長がある。
元より存在する乗り物に加速装置や浮遊装置を加えるぐらい誰でも思いついて当然の世界かと今一度、冷静になろうと自分に言い聞かせる。
「いや、冷静になれ…………やつは俺の真後ろに付けていた……」
レンジの眼球が落ち着きを失い右に左に揺れ動く。何か考えを巡らせている。
先ほど自分で乗り物が馬だけではないと察したばかりだ。
次の瞬間、レンジは何かをハッと思いつく。
「異世界にもレースぐらいあるよな。ならば、スリップストリームか!?」
ピタリと吸いつく様に背後にいる。
整備されていない道でこれを行うのはリスクもある。
レンジは過去の事故の記憶が頭をよぎったのか、迷いの表情を浮かべた。
「高速で進む車両の真後ろでは気流が乱れて気圧が低くなる領域がある。やり合えば事故の素になる可能性が充分に考えられる……」
彼は自身の空力に影響を受けないと知っている。スリップストリームによる効果は後続車の空気抵抗や負荷が減ることだけだ。
「互いの為にここは最悪でも金で解決しておくか。牢だけは勘弁して欲しいし」
レンジはスピード違反を認める覚悟も含めて金銭での和解を選択した。
「事故を未然に防げるのであれば、致し方なしだ……」
記憶の片隅に残る心の傷。もう繰り返せない。
観念したわけじゃないんだ。双方のためだとレンジは願いを込めたのだ。
彼は背後の女に片手を挙げてみせ、要求に応じるとの合図を送った。
そして間もなく減速をし始める。




