13 酒場の対応
所詮酔っ払いの戯言だと聞き捨てようと考えたレンジだが。
つい、面倒くさいという言葉を漏らしてしまう。
日も暮れぬ浅い時間帯の酒場の客たちは、まだまだ宵の口で。
レンジのつぶやきに敏感に反応する者もいた。
「兄さん、今のセリフどういう意味かな?」
「おうよ、おうよ! 聞こえちまったんだよ! 面倒くさいってオレたちのコトを言ってるんだよな?」
「……あ!」
聞こえてしまったかと視線が泳ぐ。レンジは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
暮れ六つ時だ、人数もそこそこいる。まだ飲食に至っていない客もいた。
マスターが言った冗談に釣られて客席に視線を置いていた。
沈黙が彼を包む。
するとカウンターから再びマスターの声掛けが。
「兄さん、冗談を真に受けちゃったか? 奴らも悪気はないんでここはワシの顔に免じて水に流して楽しく呑んでいってくれねぇか?」
背後からの言葉遣いは初心者への心配りのようでもあった。冗談を度々真に受けていたら大衆酒場では楽しくやれないと。
助け舟が出たので客のことは放置して、マスターに注目する。
レンジは相好を崩し、冗談っぽく照れ笑いしながら返事をした。
「酔っ払いの人が怖いのは事実なので固まっちゃって……その、すみません」
レンジは言葉通りの優男ではあるがハキハキしていて通りがよい声をしていた。
「……は? あぁそうかい。中には気の荒い奴もいるがここで揉め事を起こす奴はワシが叩き出すんで心配せんでいい!」
マスターはそういうと、「がははっ!」と豪快に笑い飛ばした。
彼の地声は例によって酒場中に響き渡る。
常連客も追い出されるのは嫌だから「そうだ兄さん冗談だよ!」とレンジを宥めてくる始末だ。
マスターは大事に至らぬよう、敢えてそうしてくれたのかも知れない。気が弱くても酒が好きで集まるならワシの客だ、と気前よく味方をしてくれたのだ。
口は禍の元という。レンジは一波乱あるかと肝を冷やした。
そこで開き直り、本音を明かしたら事なきを得ることができた。
だからこそ酔っ払いが面倒くさいといった彼の気持ちは何処から来たのか。
マスターはさらにレンジに尋ねる。
「兄さん、ワシに何か聞きたいことがあったようだが?」
そうだった。
レンジはここへ寄った理由を説明した。
「向かいの青果店で買い物をしようとしたのですが……僕の出した紙幣じゃお釣りが出せないと言われまして、こちらで両替をするよう頼まれて伺ったんです」
事情を聞いたマスターの瞳孔が開き、瞳の奥から微かに鋭い眼光が放たれた。
青果店の他にも露店はたくさん軒を連ねていた。
そういった小売店では両替が難しいと聞いてきた。
なぜ1万円ぐらいの釣りがないのか。レンジの良く知る街ではないため、彼にとっては外国のような感覚。故にそこにあまり疑問を抱かなかった。
「……ほう。紙幣での支払いとはまた古風なお客人が居たもんだな」
「えっ?」
マスターの自分に対する言葉遣いが明らかに変わった。
つい先ほどまで酒場客の新人として歓迎ムードだったのに少し構えるような。
レンジは初めて違和感を抱き、客席の目も気になり一瞥した。
マスターはさらに言葉を添えてきた。
「どんな紙幣なのか見せてくれるか?」
レンジは「よそ見をしてすみません」といい、マスターに手持ちのグラン紙幣を手渡した。
「これ、なのですが……」
マスターはレンジから相談の紙幣を受け取り、じっくりと目を凝らす。
裏と表。ひっくり返しては何度も見返すのだ。
「流通しているお金だろ?」やはり珍しい代物なのか。
マスターが古風だといった感じから古銭みたいなものかとレンジは考えた。
そして、酒場のマスターがどう結論付けるかをレンジはもう知っていた。
「おめぇさん、こりゃあ王国紙幣じゃねぇか!……あ、いや」
そう言うと思った。
そして、マスターの声は普段から大きい。酒場客の注目も集めた。
店内がガヤガヤとざわめくのだ。
「青果店でも同じことを言われましたが。両替は可能でしょうか?」
とにかく両替が可能か否かが心配になる。
レンジが率直に尋ねると「……それは大丈夫だがな」と溜めるように返した。
心許ない返事に何だか不安になり、この紙幣について尋ねた。
「皆さんが仰るその王国紙幣って、なにかご都合が悪いのですか?」
紙幣といっても、通貨といのは国が発行して流通しているもの。
青果店の店主がここへレンジを誘導した。その意味を少し知りたくなった。
するとマスターがかしこまった態度でこう言った。
「め、滅相もございません! 旦那も人が悪いですね、王国ゆかりのお方ならそう言って下さらなければ、それなりの応対が出来ないじゃないですか!」
マスターはそれが何を意味するかを知っている口ぶり。
優男のレンジを旦那呼ばわりして、手をこすり合わせて作り笑顔を覗かせる。
次話は「草原のリポップ」という作品集で、ぼちぼちと。




