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【短編小説】計画書確認課

作者: 青いひつじ


『課長、こちらの業務は向こうの管轄ですよ。いい加減覚えてください』


制服をきっちりと着た女性の職員が、びっしり埋められた一枚の紙を差し出した。


「あれ?修繕案の確認はうちの管轄じゃないのか?」


『この修繕案は、提案書です。提案書確認課に回しておきますんで、以後気をつけてください。誤ってこちらで処理するとすごい文句言われるんですから』



男の暮らす都市では、分業制度が導入されている。

人口過密と産業の発達が著しいこの都市は、昨年の政府の調査により"ストレス都市予備軍"であると判断されてしまった。それから間もなくして、この都市にある全ての企業に業務改革命令が発令されたのだ。

これにより複数業務制度は廃止となり、業務はより細分化され、専門的になっていった。



分業制度が導入されてから、職員たちは決められた業務だけをこなし、ストレスなく快適に働けるようになった。管轄外の依頼を受け担当部署を調べ回ったり、理不尽なクレームを受けたり、庶務の不在中にお茶汲みをする面倒もないのだ。


この制度は職員だけでなく、都市の人々にも歓迎された。問い合わせ先が一目瞭然で便利であると、非常に好評だった。

それが顕著に現れたのが行政機関である。

どの部署にも該当しない依頼者が、的外れな部署に出向くことはほとんどなくなり、結果として職員と人々、両者のストレス軽減につながったのだ。




ところが最近になり、男には困ったことがあった。


「あれ‥‥。この書類はうちの管轄かな」


一枚の書類を手に、男はある女性職員に尋ねた。


『それは計画書なので、私たちの管轄ですね』


そう。細分化されすぎて、どの部署がどこまでを管理しているのか把握しきれないのだ。

分業制になり、確かに仕事のストレスは軽減されたものの、職員同士が管轄外の部署に書類を届けてしまうことも少なくなかった。


男のいる計画書確認課も例外ではなく、別部署の書類が毎日のように届く。

これもまたストレスなので、別部署の書類が届いた時、一覧表を確認し担当部署まで届ける役割の派遣社員が配属された。

こうして、日々新しい役割が見つかるごとに専門担当者が配属されるのだ。




そんな中、ある声があがった。


『役職があるからとはいえ、分業になり業務の比重はほとんど変わらないのに、給与がこれほどまで違うのはいかがなものだろうか』


同調する声は次第に増えていき、上役に直談判する職員まで現れた。

それも無理はない。膨れ上がる業務に残業を余儀なくされていた管理職たちも、今では書類を確認し判子を押すだけのロボットである。もちろん残業などない。彼らの1番重要な業務は、承認印を無くさないことだけである。課内で問題が起きたとしても、問題処理課の職員が対応をしてくれるのだから。


声をあげた多くは、入社5年未満の職員だった。会社にとって若い人材というのは希望の光である。失うことは大きな損失となる。それに、そこやかしこに会社のことを書かれては困る、という懸念もある。

職員たちの契約内容はただちに見直され、全職員一律給与制度が導入された。



こうなると次に不満を呈したのは、管理職以上の人間だった。なにせ、月に貰える額が10万以上下がるのだから、文句のひとつも言いたくはなる。

ところが転職を考えていた男にとってこれはいいタイミングであった。辞める理由は別にあったが、まるで自分も不満があるかのような演技を続け、男は退職までこぎつけることに成功した。



「木村さん。退職届の提出は、退職届提出課だったかな」


『いえ。まず退職相談課に行って退職理由などを書いた書類を作成し、承認されてから退職届受取課に届けに行くと思います』


『あれ、その間に退職届確認課に行くんじゃないっけ?』


隣のお局職員が会話に割って入ってきた。


『あ、そうでしたね。退職届の確認課が新しく創設されたんでした』


「あれ?退職相談課だけで済むんじゃないの?あ、あと有給の所得についてだけど」


『それも有給所得相談課に連絡して、理由を伝えて承認されれば取得できますよ』



退職届ひとつ提出するにしても3つの課を経由する必要があるという。有給所得も同じく。以前は課内の裁量で決められたものが、今ではとんでもなく複雑になってしまった。


「これってみんな理解してるの?」


『えぇ。一覧表を見ればどこに申請するのかは一目瞭然ですから』


「あぁ、そう‥‥」


男は小さく肩を落とし自席に戻ると、深く腰掛けため息をついた。

それから何かを思い出すと、手前の席の職員に声をかけた。



「あ、山下さん。明日授業参観があるから、13時から出社するよ」


『私たちは大丈夫ですが、午前休暇申請課に申請は出されておりますでしょうか。スケジュールに反映されていないようですが‥‥』


「午前休暇申請課?!そんなの聞いてないよぉ。悪いけど今日はもう少しで帰らなくちゃだから、山下さんの方で代行して申請してくれない?」


『それでは、代行申請課に連絡を』


「あぁ、もういい。自分でやります‥‥」





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