3、竹林に森ゴブリンってなあなんの冗談でござんしょう
五本木町から温泉町に入る玄関口に屯所はありやす。
その屯所まで行くにゃあちょっとした坂になってる簡単な堤防を登って女沢川って三間くらいの川幅の川を橋で越えて渡るんだが、橋を渡り切ったくれえの左右にゃそこそこでっけぇ竹林があるんだがね?
ああ、そういやあアゾットをマジックアイテムで無力化して攫ってたらしい所に雇われた浪人衆に絡まれたっけなあ。
そんな風に思いを馳せながら歩いてると。右側の竹林の奥からぎゃあぎゃあ子供達が騒ぐ声が聞こえて来て。
「はてなあ。竹林は音が響かねえはずだが、よっぽど騒いでやがるなあ」
どうにも騒ぎ方がおかしい。
イヌッコロかなんかを虐めてるんじゃああるめえな・・・。
野犬相手だったら後々徒党を組んで虐めた子らに復讐しないとも限らねえ。ちょいと覗いて叱ってやらねえといけねえかな?
俺はほどほどに手入れされた竹林に分け入って子供らの騒いでいる方に近付いてみた。
「わーいわーい!」
「猫だぞ猿だぞ!!」
「追っ払えー!!」
「ちょっとー男子ー、やーめーなーよー(笑)」
「投げろ投げろ、石投げろ!」
「打っちゃえぶっちゃえ、妖怪退治だ!!」
十数人の子供らが、女の子が数人混じっている集団が円陣を組んで陣の内側で右往左往している虎毛の猫っぽい生き物に石を投げたり長い竹の棒で引っ叩いたりして遊んでいた。
いや?
ちょっと待て?
猫にしちゃあデケェな。中型犬より一回り大きいくれえの、手脚がやけに長くて、人にも見えて・・・?
「あっ!」
と、俺は気付いちまった。
猫耳の薄い体毛の生えた小種族、山深い森の奥にしか棲息していねえ森ゴブリンって、醜悪で野蛮なゴブリンとは似ても似つかねえ愛くるしい亜人族じゃねえか!?
「くおら! クソガキども!! 何してやがるとっとと失せやがれ!!」
センリュウ大帝国の北方にしか住んでいねえはずの、アザイ聖王国にゃあ棲息してないはずの弱小亜人族を助けるために、俺は腰の刀に手を伸ばそうとしてそういえば折れちまって持ってないんだったと思い出して右拳を振り上げ、子供の円陣に突撃して行った。
びっくらこいた子供らが蜘蛛の子を散らすようにわっと逃げていく。
「うわー、鬼じゃ鬼じゃ!」
「異国者が来たぞ!」
「逃げろ逃げろ折檻されるぞ!!」
「わーわー」「きゃーきゃー」「わいのわいのがやがや!!」
ぴゅーっと居なくなっちまった子供らをぐるりと見回して、一人も残っちゃいないのを確認すると、俺は地面に蹲って震えてる虎柄の森ゴブリンに近付いてみた。
石塊で強かに打たれたせいだろう所々毛が抜けて血が滲んでやがる。
それよりも、左脚を抱えてブルブルと震えていた。
「ミャミャぁ・・・ミャァ、ミャァ、ミヤァ・・・」
悲しそうに泣いてるが、これ、多分脛が折れてやがるな。
どうしよう!
どうしよう!?
あ、アゾットならマナ錬金魔法で回復出来るっけ?
痛がる森ゴブリンにそっと触れると、ビクッと怯えたが俺が敵意がないと分かったのか怯えながらもウルウルした目で見上げて来た。
俺は周囲を見渡して、添木に使えそうな竹の棒を抜けて二本掴むと、森ゴブリンの左脚の脛をそっと掴んで添木していつもは刀を下げるのに使ってる腰帯を解いて折れた脛を固定してやる。
おっと、変な勘違いするなよ?
腰帯つっても下履きを留める帯の上から巻く刀を差すための二番目の帯だかんな?
で、人目に付いちゃあ不味そうだと上の着物を脱いで風呂敷がわりに包んでやる。
よっぽど痛えのか脂汗をかいて涙を流してたが、どうやら俺が助けになりそうだと森ゴブリンは大人しくしてくれていた。
仕事どころじゃねえよなあ。
もっとも?
こんな昼下がりじゃあご依頼なんてありゃしねえだろうからな!
急いで鶯の止まり木亭に帰ろうと駆け出して竹林を抜けた所で小嵐三姉妹と偶然すれ違った。
「おや、フィンク殿? 竹林で何を、」
フタバさんが気にかけて声をかけてくるが、俺は挨拶もほどほどに慌てて立ち去る。
「おお、すまねえすまねえ! こんにちは!! 今朝はお世話になりやした、さようなら!!」
三姉妹が訝しげに眺めて来たが、今はそれどころじゃあねえや!
あっという間に宿のある五本木町へと駆け去って行くフィンクを呆然と見送って、フタバは心配そうに背中を見送った。
「随分と急いでいらっしゃいますが。何事でしょうか?」
ミツエが興味なさそうに頭の後ろで手を組んで仰け反る。
「騒がしいおっさんだなあ」
カズミはすっと、目を鋭く細めて駆け去るフィンクを見つめて言った。
「ひょっとしたらひょっとするわね」
「何がでしょうか?」
イマイチ分からないフタバがカズミの横顔を見ると、カズミは小さく息を吐く。
「渡来のご禁制物。近頃、ご禁制の品物を海の向こうから密輸する悪徳商人が暗躍しているという話ですからね」
ミツエがケタケタ笑い声を上げた。
「キャハハ! あの三枚目のおっさんフィンクもとうとうご禁制の品物に手を出したってわけだ!!」
バシーン!
カズミに脳天を引っ叩かれてミツエはその場に蹲ってしまった。
「いったーい!! カズミお姉様手加減を覚えた方がいいと思う!」
「お黙りなさい滅多な事を言うものではありません」
「しかし・・・」
カズミとミツエの漫才をよそに、フタバは腕を組んで少し顎を引いて唸った。
「ううむ。フィンク殿の様子を見に行った方が良いのでしょうか」
カズミも悩むフタバを見て少しだけ微笑む。
「もしもあの御仁がご禁制に手を出したなら然るべき処置をしなければならないけれど、ひとまずは確認をしておいた方が良いかもしれないわね」
「で、ですよね! わたくしちょっと行ってまいります!!」
パッと駆け出すフタバ。
ミツエは両手で脳天を抑えて涙目のままぽつりと言った。
「いいの? カズミお姉様。あんなチンチクリンな異人さんなんか追っかけさせて」
「どの道、幸村様に合わせねばならぬ御仁よ。フタバに内定させるのも一興でしょう」
「えー。あんなうだつの上がらなそうな異人さんなんて、役に立つのかなぁ」
「ああ見えて、あの御仁は勇敢だわ。まぁ、外聞も気にせずご禁制の品に手を出す程度なら、斬って捨てるだけだものね」
「やっぱカズミお姉様って怖いわぁ・・・」