6 喜びの後の絶望(宰相視点)
私は今、人気のない王宮を歩いている。
ようやくマリエルを手に入れられる。ただその喜びに打ち震えていた。
12年前、カインが生まれてから私は密かに動き出した。まずは屋敷の地下室からだった。
ここは私の祖母が嫁いで来た時に造られたと聞いている。
祖母は若くして亡くなっているので肖像画でしか顔を知らない。
王家特有のシルバーブロンドに赤い瞳。
祖母が亡くなっても祖父は後添えを娶る事はなかった。それほど祖母を愛していたのだろうか。
地下室は綺麗に整理されていたが、ここで何をしていたかは容易に察せられた。
多分王家から持ち出したのであろう禁書が置いてあったからだ。この国で禁止されている闇魔法について書かれた本。
闇魔法は他人を支配・呪いのために使われるらしい。それに対抗するのが光魔法だというが、既に禁止されているため、私も噂でしか知らない。
しかし、王家にはその2つについての本が在るという話だった。もちろん門外不出である。
その本が今、ここにあるという事は、祖母は誰かを呪うか支配する目的で持ち出したという事だ。
祖父も父もそれを口にしないのは、王家に知られては不味いと思っているからだろう。それならば処分すれば、と思うのだが貴重な物である故、手出しができなかったのだろう。
父は私に家督を譲る際、地下室だけは何もするなと念を押していた。
もちろん私もその言葉に従うつもりだった。ユリウスにマリエルを奪われるまでは。
ここの書物を読み始めてすぐ、祖母は闇魔法を制御出来ず亡くなったのだと悟った。
闇魔法を使うには生半可な魔力量では無理だとわかった。
まずは自分自身の魔力量を上げる所から始めて、徐々に準備を進めて行った。
コツコツと闇魔法を使い、王宮の人間を少しづつ手中に収めていった。
ある程度権力を持っている貴族を傀儡して行く。そうすれば下位貴族は上に従うしかない。
しかし、騎士団長であるジェイクだけは上手くいかなかった。彼もそれなりに魔力量があるので反発されてしまった。
仕方ない。
残念だが彼は切り捨てるとしよう。
そうして最後はユリウスとマリエルだけになった。二人共、人を疑う事を全く知らないから簡単だ。
先ほどユリウスには服從の魔法をかけ部屋に閉じ込めた。後はマリエルだけだ。
速る気持ちを抑えつつ、マリエルの部屋にやって来たが、そこにマリエルはいなかった。
おかしい、どういう事だ?
探しに行こうとした所でお茶会室の扉が開いている事に気付いた。
部屋を覗くとカインが優雅にお茶を飲んでいる。
「カイン、お前ここで何を‥‥」
言いかけてはっと立ち止まった。
テーブルに突っ伏している男女が見えたからだ。
それを目にした途端、一瞬で思考が止まった。
あれは、あの髪の色は‥‥。
目に見えているものが信じられなかった。
何故二人がここにいる?
テーブルに近寄ってみるとやはりユリウスとマリエルだった。
私が近づいてもなお、我関せずとカインはお茶を飲んでいる。
「カイン、お前何をした!?」
カインはゆっくりカップを置く。
「おや、父上。遅かったですね。あまり遅いので先に始めさせていただきました。‥‥あぁ、お茶会の招待状を出すのを忘れていましたか。残念でしたね」
人を小馬鹿にしたような口調で笑う。
お茶会だと?
一体何を、と思ったが二人の様子がおかしいのに気付いた。寝ているのではなく、既に事切れていた。あまりの事実に頭の中が真っ白になる。
「カイン、何故こんな事を!」
カインは冷たく笑う。
「邪魔な人間を始末しただけですよ。父上が王位を継ぐ以上、この方達は不要ですからね」
「何も殺さなくても、幽閉していればいいではないか」
「そんな訳にはいきませんよ。特に王妃には消えてもらわないと。父上の後添えになんてさせません。私の母上の為にも」
その言葉にさっと血の気が引いた。
「何故、それを‥‥」
「母上がいつも泣いていましたよ。父上はマリエル様しか愛していないと。母上が亡くなった時に誓ったんです。絶対に父上に思い知らせてやるとね」
「だったら何故マリエルを…」
カインはこれ以上ない位に冷たい笑みを浮かべた。
「それが一番父上に効果的だと思ったからですよ。それに母上もお友達がいれば寂しくないでしょう。お別れのキス位は許してあげますよ。最も唇は毒が残っているかもしれませんから、避けた方がいいですよ」
カインの言葉にただ立ち尽くすしかなかった。こんな風にマリエルを失う事になるとは。
これは本当に私の息子だろうか?
見慣れたはずの顔がまるで知らない人物のように見える。
立ち上がったカインの服に血が付いているのが見えた。
「カイン、その血は?」
「あぁ、さっきフェリクスを斬りつけた時のものです。まんまと逃げられましたよ」
その言葉に更にギョッとする。
「お前、フェリクス王子まで…」
カインは何でもない事のように言う。
「当然ですよ。生かしておいても面倒なだけですからね。それではごゆっくり」
バタンと扉が閉められる。
私はマリエルの体を起こしそっと抱きしめた。その体はまだ微かに温もりがあったが徐々に冷たくなっていくのがわかった。
「マリエル、済まない」
私がマリエルを望んだばかりに死なせてしまったのだ。
マリエルがいない今、もう何もかもどうでも良かった。
《人を呪わば穴二つ》
禁書に書かれてあった言葉を不意に思い出した。