13 宮廷魔導士
腹ごしらえも終わったので、近くの森へ採集に向かう。
魔物に遭う可能性もあるので気を引き締めていかないと。
森に入ってしばらく行くと、シオンが突然、背後に向かって唸り声をあげた。
父さんが慌てて僕を背中に庇い、すぐに抜けるように剣の柄に手をかける。
「誰だ!」
木の陰から誰かが現れる。
真っ黒なローブを着た男だがフードに隠れて顔が見えない。
魔導士か?
と、その手から何かが放たれるが、それを父さんが剣で弾き返す。
「流石はジェイクだね」
「ロビン! 何のつもりだ!」
ロビンと呼ばれた男はフードを上げてニコニコと笑いながら近寄って来る。
「ジェイクが陛下を殺したって噂が飛び交ってるから、真相を確かめに来たんだよ。まぁ、端から信じちゃいないけどね」
数メートル前で立ち止まったロビンはようやく僕に気付いた。
「あれ? ジェイクは子供は一人じゃなかった?」
そう言って僕に向かって手をかざす。
すると僕の髪の色が元に戻り、認識阻害をかけていた紋章が現れた。
それを見たロビンは僕の前に跪く。
「これは大変失礼をいたしました。フェリクス王子。宮廷魔導士のロビン・エルメンライヒと申します」
宮廷魔導士か。
体の周りにモヤが見えないって事は、とりあえず敵じゃないって事かな。
「グレイが王になったから、僕はもう王子じゃないと思うけど?」
ロビンは僕の手を取り、紋章をそっと撫でた。
「とんでもない。私にとってはユリウス王の後継ぎはフェリクス王子だけです。グレイなんて認められません」
「そうは言っても、フェリクス王子が十八歳にならないと王位には就けない。グレイが王位を継ぐのは仕方ない事だ」
剣を鞘に収めて父さんがロビンの頭をバシッと叩く。
この人、紋章を撫でたあと僕をギュウギュウ抱きしめてきたんだよ。
頭を叩かれてようやく離してくれた。
「よく、ここがわかったな?」
「万が一フェリクス王子を連れてるのなら、そんなに遠くには行けないと思ったからね」
ロビンが追いついて来たって事は追手が来るって事だろうか。
「もうじき、オリバー達が出発するはずだ。随分息巻いてたよ。フェリクス王子を逃したって、グレイに散々罵倒されてたからね」
昨日、訓練場に来た時の副団長を思い出す。
騎士を引き連れていたのに、父さん一人にやられたのが相当悔しかったんだろう。
「そうか。それじゃこのまま町を出るとしよう」
「それがいい。王都には味方はいないと思った方がいい。グレイがいつから準備していたかはわからないが、随分前から手を回していた事は確かだ」
「フェリクス王子が言うには、オリバー達の周りに黒いモヤが見えたそうだ」
「闇魔法か。確かにあの家には疑惑があったからな」
ロビンが納得したように頷く。
この人はどうして大丈夫だったんだろう?
僕の疑問がわかったようにロビンがにっこりとする。
「僕は大丈夫だよ。グレイより魔力は高いし、何より顔を合わせないからね」
「こいつは魔導士なのに、魔導具作りにハマって引きこもっているからな」
父さんがため息をつきながら説明してくれる。どうやらちょっと変人らしい。
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
「そうだね~。王宮にはもう戻れないから、辺境を回って味方を探しに行こうかな」
「味方?」
僕が首をかしげると、ロビンは身悶えて抱きついてこようとする。
シオンに抱きつくのは好きだけど、抱きつかれるのは嫌なんだよ。
父さんに阻止されてロビンはがっくりしている。
「この先、フェリクス王子が王位を奪還するなら、味方が必要だろ? 辺境ならグレイに異を唱える貴族もいるだろうからね」
「そうだな。今から準備していてもいいかもしれない」
「だよね~。という事で、これ」
ロビンが父さんに何かを差し出す。
「これは何だ?」
「通信用の魔導具だよ。僕が作ったんだ」
へぇ~、凄い。
こんなの作っちゃうんだ。
トランシーバーみたいな物かな。
父さんに使い方を説明した後、ロビンはまた僕の前に跪いた。
「フェリクス王子、お気を付けて。またお会いしましょう」
「ありがとう。ロビンも気を付けてね」
ロビンは何度も振り返りながら森を出ていく。あ、木にぶつかった。
ロビンの姿が見えなくなって、僕達も出発する事にした。
また、今晩も野営かな。
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王都の端にその孤児院はあった。
ここに連れて来られる子供はそれぞれ事情を抱えている。
親が亡くなった者。
出稼ぎに出るため預けられる者。
親に捨てられた者。
そして、表には出せない貴族の落し胤。
5年前に、この孤児院の前に捨てられていた赤毛の娘も貴族の落し胤だろうと院長は考えていた。
着ていた服は粗末な物だったが、その首にかけられていたペンダントはかなり豪華な物だった。
そこに彫られていたのは、両親と娘の名前。
両親の名前を辿れば何処の貴族かはわかる。
しかし、こちらから出向く訳にはいかない。
いいがかりだと、難癖をつけられるのが、オチだ。
難癖だけで済めばいいが、孤児院を潰される可能性もある以上、黙っているしかない。
向こうから問い合わせて来ない限り、何も言えないのだ。
ただ、あの娘に迎えが来る事はないだろうと思う。
この国ではまず見ない真っ赤な髪。
それ故、捨てられたのだろう。
この先も苦労するだろうと、将来を案じるしかなかった。




