ダンジョン町の森
ダンジョン町の近くに広がる“大魔物の森”。それは、シシルナ島最大の森であり、島の中央に深々と根を張っている。
「一度、入ってみたかったんだ!」
ノルドは、探索の期待に胸を高鳴らせた。
今回の同行メンバーは、ヴァル、ビュアン、そしてリコ。
セラが、リコの同行をダンジョン町の森を探索する条件として挙げたのだ。理由は、万が一危機に陥ったとき、ノルドを担いで逃げられるから。
「子犬の前なんか、私は姿を現さないわよ!」
ビュアンは不機嫌だったが、
「一度だけ、会ってあげて」とセラに説得され、仕方なく“面接”することになった。
「わぁ、妖精様だ!」
リコは極めて社交的だった。ノルドも知っていたつもりだったが、改めて感心する。しかも、リコの言葉には嫌味がなく、心からのものだ。
人たらし――いや、妖精たらしだ。
「ノルドには、ビュアンがいないと駄目だ」
「美しい妖精って、ビュアンのことを言うのね」
「今度、私の作ったお菓子をビュアンに食べてほしい!」
次々と繰り出される、相手が欲しがる言葉。
「うんうん、リコ、お前わかってるな。仕方ない、チームを組もう」
「ワオーン!」
ヴァルも賛成した。
※
チーム・ノルドの方針は、まず地図づくりだ。
「大きな森だ。知らない魔物もいるかもしれない。気をつけて行こう!」
「おぅ!」「ワオーン!」
リコは、孤児院の仕事と勉強を一週間お休みして、この探索に参加している。
「バインドカズラの調査討伐の報酬は貰えるんだ!」
ちゃっかり者のリコは、ダンジョン町の宿も、ニコラの紹介状を手に入れて安く泊まるつもりだ。
「別に、家に帰れる距離だよ」
「合宿だよ! それに、ダンジョン町も見て回りたいよね」
孤児院では、小さい子どもたちの世話を一日中している。リコにとって、この探索は息抜きでもあるのだ。
「どうせ、冒険者の街なんて碌でもないわよ!」ビュアンは否定的だ。
「美味しいお菓子のお店があるのよ。買って帰って、宿で食べない?」
「……仕方ないわね」
「それじゃ、森に入るよ!」
ダンジョン町の近くに広がる森は、冒険者の練習場としても利用されているらしく、人が通る道ができていた。さらに、人の気配も多くある。
「魔物の森への入場は禁止しているはずなのに、どうなってるんだ!」
「冒険者だもん。私たちより強いよ」
「それなら、討伐依頼を受けてくれればいいのに……」
ノルドは不満に思いつつも、冒険者たちの実力を見てみたいとも考えていた。
「じゃあ、ノルド、冒険者たちの後をつけようよ!」リコも同じ考えのようだ。
ヴァルが先行し、その後をノルド、リコが続く。当然、人の通らない道を進む。
ヴァルは、ノルドが歩きやすい道を探してくれる、気の利く相棒だ。
※
しばらく森の中を歩いていくと、視界が開けた。そこには小さな草原が広がり、その先にはごつごつとした岩壁がそびえている。
「四人いるね。何してるんだろう?」ノルドがつぶやく。
草原の中央では、剣士と魔法使いの二人ずつが組になり、戦いの基礎訓練を繰り返していた。
「見てろよ、火魔法を放つ。攻撃目標の動きを予測して、撃つんだ」
魔法使いが火の玉を放つと、それは正確にスナクという魔小蛇の頭を打ち抜き、蛇が地面へと落下する。
「今だ!」剣士が駆け寄り、鋭い一撃で魔物を仕留めた。
「次はお前たちだ」 剣士が弟子たちに声をかける。
弟子の一人が水魔法を放った。だが、最初の何発かは空を切り、ようやく放たれた水流が蛇に命中する。ぐらりと揺らぎ、蛇が地面に落ちる。
「今だ!」 剣士が叫ぶ。
新米剣士が剣を振るうが、刃は魔物の体をかすめることなく空を切った。魔小蛇はすぐさま森の奥へと逃げていく。
「まだ遅い。判断も、素早さも足りない」 剣士はため息をついた。
ノルドたちが潜んでいた茂みのほうへ、逃げた魔物が向かってくる。
しかし、冒険者たちはそれに気づいていない。
「何あれ? 水鉄砲みたい!」 ビュアンがくすくす笑いながら、ふわりと飛んだ。
「威力ないなぁ、魔力も剣も」 ノルドが真剣な顔でつぶやく。
「セラ母さんと比べちゃ駄目よ」 リコが言いながら、ヴァルが飛びかかり、逃げてきた魔小蛇を仕留めるのを見届ける。
「うん、それは確かに母さんとは比べられないね」 ノルドは微笑んだ。
セラの魔法剣士としての実力は、圧倒的だ。
例えば、巨大な火の矢を連続で放ち、敵に完膚なきまでに叩きつける。剣の鋭さも、速さも、強さも、まるで踊るように美しく、しかし残酷。
彼女の背中を追うのが、ノルドの目標だった。
ビュアンは空を舞いながら、ぱちぱちと手を叩く。
「でも、あの水魔法、可愛かったね! 魔法って、こんな風にも使えるんだ!」
「ビュアンがそれを言うの?」 ノルドは思わず苦笑した。
※
やがて、冒険者たちは訓練を終えると、ククリという魔壁蔦を採取し始めた。ある程度集めると、周辺の森へと入り、小さな魔物を仕留めながら、来た道を戻っていく。
「あの蔦、何に使うんだろう?」
「私たちも取ってみようよ、ノルド!」リコがすぐに動き出す。
「じゃあ、少しだけね。帰ったら、魔物図鑑で調べよう」
「冒険者ギルドで用途を確認するのもいいかもね」
ノルドたちの背の高さでは、すでに蔦は取り尽くされていた。そこで、リコがヴァルを軽々と持ち上げ、放り投げる。ヴァルは鋭い前足の爪を使い、器用に蔦を切り落とした。
「色んな魔物がいるな!」ノルドは楽しげに言う。
「そうね」リコが笑う。
「どこの森にもある、エルフツリーを探しましょう!」
「でも、これだけ広いと……」
「すぐにわかるわよ! みんな、行きなさい!」
ビュアンが合図を送ると、精霊たちがノルドたちの周囲をくるくると回り、ふわりと飛び立っていった。
エルフツリーは、森の中心に存在するものだ。なぜなら、その森を生み出しているのが、まさにその樹だから。
どうやって生まれるのかは誰にも分からない。だが、魔物も人も、それ以外の何者も、この樹を大切にしている。
シシルナ島の中央に広がるダンジョン町の森には、一際大きなエルフツリーが三本もそびえていた。
一番手前にあるエルフツリーから順番に、フロンティア、アルテア、カリスと名付け、ノルドの作成した地図に書き込んでいく。
「ねぇねぇ、私の家の木の名前がないんだけど?」 ビュアンが少し不満そうに言う。
リコは少し考えた後、にっこり笑って言った。それじゃあ、ビュアン様の木でどう?」
「却下!」 ビュアンは即座に否定する。
「そんなのじゃ面白くないわ。ノルド、ちゃんと考えて名付けなさい!」
ノルドは少し困った顔をしながら言葉を絞り出す。
「うーん……これは特別な木だから、じっくり考えないとね」 正直、まだ思いつかなかったのだ。
ビュアンは腕を組み、考えたふりをした後、くすっと笑う。
「それならいいわ! 楽しみにしてるからね!」
そうして、ノルドたちはフロンティアの木の下でしばし休憩し、昼寝を楽しんだ後、ダンジョン町へ向かうことにした。
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