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シシルナ島物語 天才薬師ノルド/荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣  作者: 織部
第二章

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カノン看護婦とマルカス検疫所所長

「大丈夫そうね」


 患者の容態が安定したため、手術室の隣の病室へ移した。


 カイは患者を運び込んだ同僚に事情を聞いている。


 一方、ノルドは診療所の居間で、マルカスとカノンとお茶を飲みながら話していた。


「ああ、緊張した。もう少し余裕があればサナトリウムに送りたかったんだが……」

 マルカスは、すっかり酔いが覚めたようだが、逆に手が震えていた。

「何事も経験だって、サルサ様も言ってたでしょう?」島の繁華街のような場所には、特殊な病人や患者が出ることが多いから、そこにあえて診療所を作ったらしい。

「それはわかってるけど、天才と一緒にされてもな……」ノルドは、マルカスも十分に天才だと思ったが、口には出さなかった。


「ところで、カノンさんはどうしてここに?それに、手際がとても良かったように思うけど?」

「それは……」カノンが少し言いにくそうにしていたので、代わりにマルカスが答えてくれた。

「実はカノン、娼館の主人をしてるんだ。この島公認のな。きっとあの患者はその客なんだろう?」


「そうよ。ニコラ様に頼まれたから仕方なくね。借金返済しなきゃいけないから」カノンは下を向きながらそう言った。ついこの間までの彼女なら、「男を選び放題だってば!」なんて言っていたのに。


「仕事に貴賎はないよ。それに、この診療所の看護婦もお願いしてるんだ。どちらも彼女のジョブにぴったりだからな」

「多彩なんですね?」

「セラもなかなかだよ」確かに、母さんは学者に装飾師、調理師としても優れている。俺も勉強してスキルを開花させないとな。


 マルカスはノルドから森の状況を聞いた後、バインドカズラについて説明してくれた。

「バインドカズラは、恐ろしい魔物だ。東方の寒冷地帯に生息していて、過去には何度も猛威を振るったことがある。しかし、この魔物は暑さに非常に弱い。変な話だが、夏になるとシシルナ島でのバインドカズラは全滅するんだ。それに火にも弱い」


「でも、そんな魔物だと人に害を与えるんじゃ?」

「それなんだが、基本的には魔物の森から出ることはない。魔力がない場所では育たないんだよ。今日の患者は特例だ。調べないといけないな。シシルナ島の森には、昨年の秋に種が撒かれたと思っていいだろう」


 ノルドはその犯人に心当たりがなかった。

「強盗団が撒いたのか?でも、時期的に夏だしな……」

「ノルド、その時は悪かったわ。でもそんなことはしないわ」カノンは強い口調で否定した。

「まあ、種で持ち込まれたのは間違いない。島主に検疫の話をしに行こう。この島の他の魔物の森にも広がっている可能性がある。探索する必要があるからな」マルカスと共に、島主の元へ向かった。



 島主の部屋には、島主とローカン警備総長がいた。いつものメンツだ。

「わかったよ。植物の種、花の検疫については実施しよう。だが、難しいな……」

 島主は難しい顔をしている。見分けがつきにくいからだ。


「ああ、難しいよ。だが、やっておいた方がいい。知識がついていくからね。俺が手伝うよ」

「じゃあ、マルカス様、検疫所所長に」


「おいおい、ガレア、俺はやるとは——」

 マルカスが抗議しようとした瞬間、ガレアは当然のように話を進めた。


「……それより、島の各地にある森も調査した方がいいんだな?」

「さっきも言ったように、夏になれば枯れると思う。だが、それまでにどれだけ被害が広がるかはわからない。特に、生態系に大きな変化が起きるだろう。森へ入ることを禁止するとしても、調査は早急に実施しておいた方が良い」

「わかった。だが、この島の冒険者は動かないだろうな。ダンジョンに潜る方がよっぽど儲かるからな……仕方ない。ローカン、頼めるか?」


 存在を消していたローカン警備総長は、静かに息を吐いた。

「ふぅ……もちろん、一人じゃないよ。クライドもつけよう! なんせ、二人でこの島の魔物の森は片っ端から入っていたからな」

「それは、あのクライドが……」

「僕も手伝いますよ」不意にノルドが口を挟んだ。


「本当かい?」

「あ。でも単独で行きます。担当場所を決めましょう」

「それならば、仕事として調査を委託するよ。そうしてくれないか?」 島主はノルドに提案した。


「俺の検疫所所長も仕事だよな? 金は?」

 マルカスは、島主に視線を向けた。

 が——島主は、わざとらしく目をそらした。

「さて、調査の具体的な進め方について話をしよう」


 マルカスはしばし沈黙した後、ぼそっとつぶやいた。

「……マジかよ」

 魔物の森の調査は、ノルドが港町からダンジョン町の近くの森を、ローカン達は、それ以外の島の全ての森を分担することになった。

 ノルドの担当する森は、大きな森が多い。特に、ダンジョンの近くの島の中央に広がる森だ。

「一人じゃ大変だろう、何人か警備員の手伝いを出そうか?」


 ローカンが親切に援助を申し出た。

「いえ、バインドカズラの匂いの識別は人がいない方がやり易いのです」

 

ノルドは断った。本当の理由はそれだけではない。バインドカズラはただの植物系魔物ではない。警備員程度の実力では、むしろ足手まといになる可能性が高い。それに何よりビュアンの協力が得られない。

 島主やマルカスも、何を察してか、ノルドにやりたい事、考えがあるんだろうと思って何も言わなかった。



 島主達との打ち合わせが終わって、ノルドは家に帰って準備をすることにした。

「あのローカンという使えなそうな男、一言多いわね」

誰も近くにいなくなると、ビュアンが現れて、ノルドに話しかけてきた。

「いい人だよ。それより、バインドカズラの探索だけど手伝ってもらえるかな?」

「最初からそのつもりなんでしょ?」

「うん。でも、ビュアンに頼みたかったんだ。信用のおける仲間の協力が欲しいから」


「仲間ねぇ?」ビュアンはあからさまに考え込んだふりをし、少し顔をしかめた。

「まぁ、いいわ。どうせ私は暇だし、あなたが頼むなら協力してあげてもいいけど…」


 ノルドは慌てて、真剣にビュアンを見つめた。

「いや、ビュアンと一緒に戦いたいんだ!あの憎たらしいバインドカズラを一緒に倒そう!」

ビュアンはふわりと空中に浮かび上がり、手をひらひらと振ってみせた。


「最初からそう言えばいいのよ、ノルド!」

ビュアンは満足げに、ノルドの周りをくるくると回りながら、嬉しそうに笑った。


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