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シシルナ島物語 天才薬師ノルド/荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣  作者: 織部
第二章

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マルカス医師と手術

 マルカスは放っておくと夜まで寝ているし、特に春になってからは酒を飲んでいることが多いらしい。


 セイは診療所の鍵を隠し場所から取り出し、迷いなく開けた。


「おはようございます!」

 奥の寝室で寝ていたマルカスを、容赦なく叩き起こす。

「……なんだ、ノルド君と、ヴァルかぁ」

「診療所を開いたんですね?」


 ノルドが尋ねると、マルカスは眠そうに目を擦りながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 彼は、姉のサルサに『隠居するのは早い。何かやりなさい! この島のためになることを』と言われたらしい。


 マルカスは続けた。

 数多くのこと成し遂げてきたが、唯一、手をつけていなかったこと――それは、彼が持っていた医者のスキルを活かすことだった。サルサのサナトリウムでは、一般の患者を治療することができない。しかも、彼は金銭的に困ってはいない。


「それならば、いっそ普通の医者にも相手にされないような人々を助けるためにやってみるか」

 そう決心し、繁華街の片隅に診療所を開いたという。

 話が終わった、その時――。


 突然、診療所の入り口が騒がしくなった。

「マルカスさん、急患みたいです!」

 セイの鋭い声が響く。

「どうした!」


 マルカスが眠そうな目を見開き、飛び起きた。酒の残る体が、一瞬で覚醒したようだ。

 素早く身支度を整え、診療室へ駆け寄る。

 扉が開かれ、急病人が運び込まれる。

 ノルドはその惨状を目にし、思わず息を呑んだ。


「これは……!」

 患者は意識がほとんどなく、顔は青白い。

 腹部は不自然に膨れ上がり、まるで爆発寸前の風船のように張りつめている。

 口から血を吹き出し、呼吸も荒い。


 運んできた人の中には、カノンの姿があった。


「お酒を飲んでたら、急に腹部が膨れて痛み出しました。リカバリーポーションも少し飲ませましたが、効果ありません」カノンが現状の報告をした。



「すぐに処置をしないと……ノルドも手伝ってくれないか?」

 マルカスの声が緊迫感を帯びる。ノルドは一瞬ひるんだが、すぐに頷いた。


「ノルド、お前には薬の準備をお願いしたい。カノンはいつも通り補助を」


 マルカスは患者の様子を慎重に確認する。カノンは無駄のない動きで、素早く器具を整えた。

 腹部の異常な膨れ、口からの出血――内臓に深刻な異常があるのは明らかだった。


「カノン、こいつを抑えてくれ。暴れるかもしれない」

 マルカスが患者の腹を押さえる。その瞬間、かすかにうめき声が漏れた。意識は朦朧としているが、痛みに反応している。


 マルカスは短く息を吐くと、静かに告げた。

「患部を特定して、それから腹を開く。時間がない」

 診療所に緊張が走る。

「ノルド、麻酔薬については?」

「わかります」


 ノルドは一瞬立ち止まり、自分の薬袋を見つめる。薬師としての誇りと責任が心に重くのしかかる。しかし、すぐにその思考を振り払う。患者を救うためには躊躇は許されない。


「必要量、わかるか?」

「はい」

 ノルドは、自分の薬袋から一瓶の薬を取り出す。その手が少し震えているのを自覚しながらも、冷静さを保つよう努める。これは命を預かる仕事だ。


 診療所の壁には、多くの薬が並んでいるが、ノルドはそれらには目もくれず、自分が持っている薬を取り出し、カノンから受け取ったハンカチにそれをしみこませ、患者の口に当てる。


 患者が目を見開き、一瞬だけ抵抗を示したが、すぐに意識を失った。

「優秀な薬師だと聞いていたが、お前、そんな薬も作れるのか?」

「はい。即効性がありながら、体への負担が少ないように作りました」ヴァルと自分を実験台にした自信作の一つである。


「次は、患者の容態を見ながら、ヒールポーションを飲ませてくれ。必要以上はだめだ。寄生している魔物まで活性化する」

「了解です」

「カノン、俺に道具を渡してくれ!」

「はい、先生」


 この世界で手術を行うことは非常に珍しい。ほとんどの病気はリカバリーポーションで治るが、治らない病気も存在する。


 その代表的なものが二つ。ひとつは呪い、そしてもう一つが今回のケースだ。


 また、リカバリーポーションは非常に高価で、一般市民には手が届きにくい。特に、繁華街や下町に住む住人たちの貧民層は、諦めるか、局所的な怪我は手術をすることが多い。


「検査石の色を確認。赤色反応があります。ここが反応の中心です」


 カノンは、患者の体に素早く印をつける。

「対毒マスクも着用しよう、ノルドもしろ! そこにある」

 準備を終えると、マルカスが手術開始の合図をする。

「気をつけろ、排除時に攻撃される可能性がある。いくぞ!」


 マルカスは手術ナイフを握り、慎重に患者の腹部に切れ込みを入れる。その動作には一切の迷いがない。しかし、額に滴る汗が焦りを意味していた。


 患者の腹を開くと、内部から黒い触手が飛び出した。粘液に覆われたそれは、まるで生き物のように蠢き、マルカスの腕に絡みついた。


 背筋に冷たい汗が流れる。


「カノン、急ぎ除去を頼む。俺は、患部に取り憑いている花を取り除く」


 マルカスは片手で冷静に手術を続ける。彼の体が全く揺れないのが凄さ、強さだ。カノンがマルカスの腕に絡みついた触手をナイフで断ち切る。ノルドが患者の体が動かないように体重を乗せて必死に押さえつける。


 バインドカズラの幼花や触手が床に落ちる。ヴァルが即座に飛びかかり、鋭い爪で引き裂いた。

 切断された幼花の断面から、溶解液や毒液がじわじわと滲み出し、刺すような悪臭が診療所に広がった。


「ノルド、リカバリーポーションを使え。金は俺が払う。解毒薬も少量必要か……カノン、薬を選定してくれ」

「わかりました」


 手術は無事に終了した。体内に入り込んだ魔物は完全に除去できたはずだ。

 マルカスは深呼吸を一度だけして、気持ちを落ち着ける。

「これは問題だな。この植物はバインドカズラだ。人間の体内で発芽するのは珍しいが、理由はこれだろう」


 マルカスは、ピンセットで床の幼花の残骸の中から小石を拾い上げた。


「何ですか? それは?」

「魔石だ。こいつの体の中に、魔石があったんだ」

「島主に報告し、もしこいつが気づいたら、さらに事情調査が必要だ」

「マルカスさん、実は、魔物の森にこれが大量に発生しているんです」


 マルカスの手が止まり、次の瞬間、指の力が抜けた。ナイフが手から滑り落ち、床に突き立った。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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