ヴァルと表彰式
題名詐欺かも知れません。
ディスピオーネの護衛たちが、指示を仰ぐ。一悶着起こしたくてうずうずしている気の荒い傭兵たちである。
「どうしますか? 追い出しますか?」
ガレアに手を出したら、その時点で終わりである。いや、好機かもしれない。
全員捕らえて、シシルナ島を手に入れるか……。だが、果たして勝てるのか? そんなことが許されるのか……。
ガレアの周りにも、それなりの戦力が揃っているようだし……。
ディスピオーネが逡巡していると、不意にガレアたちを押し退け、女が入ってきた。
「ピオ、確定はまだかい。私は気が短いんだよ」
カニナ村の村長にして夜の権力者を、愛称で呼ぶ者は一人しかいない。ニコラだ。
護衛たちが反射的に武器に手をかける。だが、ディスピオーネはそれを制するどころか、急に態度を変えた。
「……だから、早く確定しろと言ったろう? ステュワールド!」
強い口調に、護衛たちは目を白黒させる。先ほどまでの不穏な空気が、一瞬で引いた。
「はぁ……宜しいのですか?」
「当たり前だ。急げ!」
鋭い命令が飛ぶ。しかし、その直後——
「ピオ、後で私のところにおいで。もちろん、一人でね」
ニコラが、厳しい目つきでさらりと言うと、ディスピオーネの顔がぴくりと引きつる。そして、先ほどまでの威圧感が嘘のように、しおらしく頷いた。
「は、はい……母さん」
賭博場のボスの返事は、驚くほど小さかった。彼も又、ニコラに育てられた一人だった。
「かたなしですな、ディスピオーネ殿」
ガレアが皮肉気に笑う。
「ばぁば、ウィナーズサークル行こう!」
リコが、緊迫していた大人達の様子を無視して、すっとニコラの手をとり、部屋から連れ出していった。
※
実況
白旗が上がりました。レースが確定しました。優勝は、もちろん、ヴァルです!
大歓声の中、表彰式が行われることとなった。
ヴァル、リコ調教師、それとノルドオーナー。
「やだよ! 出たくない!」
「セラになんて報告したら良いのかな? そんなノルドの姿、喜ぶかい?」
ニコラに説得されて、いや、脅されてノルドもしぶしぶ、大人数の前に立った。
緊張の中、賞状と、賞金を受け取った。
賞金の方は、シシルナ銀行の口座に入るらしい。大金なので、持ち歩くのは危ないからと言う理由だ。
優勝賞金 ヴァル 五百ゴールド
リコ調教師 百ゴールド
ノルド厩舎 百ゴールド
「えー。現金で欲しいよ〜」リコは、抗議をしていたが、決まりらしい。だが、通帳を初めて貰って嬉しそうに眺めていた。すぐに、メグミに取り上げてしまったが……
「一体何に使うんだ?」
「グラシアスさんが、私を最初に預けた時に、お金を沢山払ってるの。だからお返しをしたくて。それと、みんなにもプレゼントしたい」
「でも、あの料理店の店主がくすねた」ノルドは、不愉快な出来事を思い出して、不機嫌になった。
「うん。でも、グラシアスさんに罪は無いから。謝ってくれたし、この島まで連れて来てくれたよ」
「そうだよね。ところで、ヴァル、何か欲しいものがあったら、教えてね」ノルドは尋ねたが、牙狼は、全く興味が無さそうだった。
「ヴァルはね、セラさんにお返しをする為に走ったんだよ!」リコは、ヴァルの想いを代弁する。
「ワオーン!」
「ありがとう、ヴァル」その想いは、わかっていたけれど、リコに言葉にされて。ノルドはとても嬉しかった。
※
ローカンとカノンは、換金所に向かった。
「優勝、ヴァル。払い戻しオッズ 三倍」
「ははは、しばらくは贅沢な暮らしができるぞ!」
ローカンは、有頂天になりながらカノンに話しかけようとした。
隣で換金していたはずのカノンが、係員に誘導されていく。
「ちょっと待ってくれ! そいつは悪い奴だが、悪いことしてないぞ!」ローカンが慌てて声をかけると、カノンは微かに顔色を変えた。
「なんてこと言うの? 馬鹿なの?」
カノンは、ローカンを睨んだ。
しかし、係員は冷静に一言だけ言った。
「高額支払いなので、別室でのご対応となります」
「……いや、俺だって高額だったぞ!」ローカンが不満げに言い返す。
「おめでとうございます。金額は申し上げられませんが、規則により、一定額以上の支払いは別室となっております。それと、犯罪履歴などは関係ありませんのでご安心ください」
「え? お前、いくら掛けたんだ?」
「だから、セラさんに借りたお金、全部って言ったでしょ!」
「……こんな女に大金を……馬鹿な――いや、今のは取り消す」
ローカンは、思わず口にした言葉をのみ込んだ。やばい。もし耳のいい奴がこの会話を聞いていたら……その先に待つ事態を想像し、背筋が冷たくなる。
慎重に言葉を選び直しながら、低く言った。
「……ついて行こうか?」
ローカンが歩を進めると、係員がにこやかに微笑んだ。
「お連れ様であれば、ご一緒でも問題ありません」
「お連れ様だよな、カノン?」
「はいはい……」
カノンは気だるそうに返事をしつつも、足を止めることはなかった。
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