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蜂蜜


 ノルドは、薬師として成長するためには薬を作ることが重要だとセラから教わり、薬の本を見ながら作るものを検討していた。


 材料費が安く、魔物の森で調達できるものが理想的で、実用的かつ売れるものが望ましい。


 なぜなら、売れれば次の製作費が捻出できるからだ。そして何より、セラの病気を少しでも和らげる薬が作れれば最高だ。


 しかし、どれも難易度が高く、今の彼には手が出ない。


「これだ!手の保湿剤なら作れるかも」と、本を見つめてつぶやく。本当は、早くセラの肌の爛れや傷を治してあげたいが、それはまだ難しい。


「焦るな、一歩ずつだ。母さんに迷惑はかけられない」


 オリーブ、ひまわり、ラベンダー、魔草は家の周りに生えていて、季節になれば花も咲く。いざとなれば、購入することもできる。


 しかし、一つだけ問題の材料があった。


「蜂蜜か……」彼は小さい頃、繰り返し読んだお伽話を思い出した。牙狼族の王女が、魔蜂女王を怖がる王子を宥めて倒す話だ。


『王女は魔蜂の巣から蜂蜜を手に入れ、その甘さを王子と分かち合った』と書いてあった。


 いつか、自分もそんな蜂蜜をパンに塗って食べてみたいものだ。


 だが、今のノルドには王子のように魔蜂に立ち向かう力はなく、ただ怯えるばかりだった。


 市販の蜂蜜では、赤字になってしまう。それでも悩んでいても仕方がない。


 ノルドは、いつものように怯えながらも、近くの養蜂家を探すことにした。


 まだ少し肌寒い季節、彼の家の裏手にある川を渡ると、一面に花畑が広がる。もちろん、蜂たちもその花に集まっていた。


 さらにその先には果樹園があり、街道に沿って農家の家々が点在している。


 どの家の裏手にも巣箱が並ぶ中、蜂養服を着た一人の男が忙しそうに作業していた。


 ノルドは、その男が、巣箱の掃除を終え、一息ついて蜂養用の帽子と服を脱ぐのを待った。


 その男、クレイは痩せていて、少し学者肌っぽい農民だった。


「すいません、蜂蜜を譲ってもらえませんか?もちろん、お代はお支払いします」


 クレイは少し驚いた様子でノルドを見た。「少年、今はまだ時期じゃないんだ」


 そう言ってから、ノルドの事情を聞いた彼は、意外な提案をしてきた。


「お前、その歳で薬師なのか。大したもんだな。俺の手伝いをしてくれたら、清掃で出る食用には適さない蜂蜜をやろう。それを使えよ」


 彼は羨望のまなざしをノルドに向けながら言った。


「いいんですか?」


「ああ、どうせ捨てるものだ。それに、養蜂を覚えて自分でやるのもいいかもしれない。道具の問題はあるが……」


 クレイは納屋の方へとノルドを案内した。


 納屋は埃まみれで、農機具や蜂養用の服、巣箱などが乱雑に積み上げられていた。


 クレイは奥を探し回ったが、「修繕しないと使えるものがないな」と、眉間にしわを寄せた。


「それなら、直して使いますよ」


「そうか。なら、それでやってみろ」


 翌日から、ノルドはさっそく納屋の掃除に取りかかった。彼の手際の良さで、納屋はあっという間に片付いた。


「助かったよ。手が回らなくて後回しにしてたんだ。これをやるよ」


 クレイは、果樹園で採れたオレンジと檸檬をノルドに渡した。


 蜂養用の道具は、ノルドが自宅の作業小屋に持ち帰り、修繕を済ませた。彼にとっては慣れた作業だった。


 セラに養蜂の話をすると、ノルドは蜂に刺されるのではと殊更嫌がった。


 しかし、破れている養蜂用の服や帽子を、彼女は「私に任せなさい」とあっという間に繕ってしまった。蜂が入り込まないように、さらに改良が施されていた。


 少し暖かくなり、オレンジや檸檬の花が咲き始めると、蜂の動きが活発になり、果樹園と巣箱を行き来している。


クレイは作業の手を止めて、ノルドを呼び止めた。


「ノルド、あそこに分蜂した蜂たちが木の枝の上にいるぞ!お前の巣箱に女王蜂を捕まえて入れよう」


 クレイは梯子を登り、枝を切り落として蜂たちを巣箱にするっと入れた。手慣れたもので、蜂たちの中心には女王蜂がいた。


「うん。傷ついてないな。上手くいったな」クレイは自慢気に笑い、ノルドも嬉しそうに頷いた。


 その後、数日のうちに、ノルドの作業小屋の隣には巣箱を三つ並べた台が置かれていた。


「春は檸檬蜂蜜、夏はハーブ蜂蜜か。楽しみだ。これなら食用に……いや、駄目だ。保湿剤を完成させるんだ。良い材料もとっておかないと」


 ノルドは、クレイからもらった蜂蜜も使って保湿剤の作成を始めていたが、彼が納得できる物になるまでにはもう少し時間がかかりそうだった。


 気分転換に、のど飴を作ってみたりもした。


 そうこうしているうちに、ヴァルの骨折も治り、ノルドの後をついて歩くようになった。


 小さく痩せ細っていたヴァルも、今では綺麗な毛並みを持つまでに回復している。


「ヴァル、ちょっと太ったんじゃないか?」ノルドがからかうように言うと、


「グルルル」と不満げな低い唸り声を上げた。


 そのやり取りの最中、セラが呼びに来た。


「ノルド、大陸の商人、グラシアスが来たわよ」


 今までは商人が訪ねてくるたびに「外で遊んできなさい」と追い出されていたノルドだったが、今回は違う。


 商談に同席させてもらえる立場になったのだ。


「今行くよ、母さん」


 一人の大人として認めてもらえたことが嬉しく、ノルドは胸を張った。


 ノルドの家のリビングには、セラの商談が終わったあとらしく、お茶と、茶菓子が出され、契約書と資料が広がっていた。


「正式に紹介するわ。聖王国の御用商人、グラシアス商会のセレスト・グラシアス会長さんよ」


 商人は少し照れたように笑みを浮かべ、その反応にノルドはなぜか気に食わなかった。


「セラの子、ノルドです」


「よろしくな、ノルド薬師」グラシアスは立ち上がり、がっしりと手を差し出し握手した瞬間、ノルドはまだ彼に敵わないと感じた。


「それで、低級ポーションの材料はこの島でも手に入るんなけど、品質があまり良くないの」セラは要望を出した。


「わかりました。手配します。しかし、聖王国では薬師も多いので、買取は難しいかもしれませんね」商人が冷静に答えた。


「ふふふ、ノルド、のど飴をいくつか頂戴」セラが言う。


「はい、どうぞ」ノルドは飴を渡し、セラは一つ口に入れた。そしてもう一つをグラシアスに差し出す。彼は一瞬ためらったが、口に入れると目を見開いた。


「うまいな。しかも体力や魔力回復効果があるのな。これ、どこで売っている?」


「売っていません。僕が作ったんです」


「どうやって作ったのか、教えてくれ?」


「それは……」ノルドの話をセラが遮った。


「駄目よ、ノルド。どんな製法も秘密にしておきなさい。グラシアス、わかったかしら?」


「ああ、そういうことなのか。ただの薬師ではないようだな。さすが、セラの息子だ。ポーションの買取についても検討させてもらおう」


 セラとノルドは顔を見合わせて微笑んだ。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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