島主と吸血鬼伝承
島主、ガレアの朝は早い。島主の屋敷は、丘の上にあるのだが、毎日、日の上がる、まだ暗い時間には、港のある、島の島都にある、島の庁舎の政務室、彼の部屋に到着している。
ゆっくり、目覚ましのコーヒーを飲むと、部屋を抜け出して、港に魚釣りに向かった。
「今日こそは、釣り上げてやる」
意気揚々と向かうのだが、結果は芳しく無い日々が続いている。
周りにいる釣り人の釣竿は、あたりを伝え、慌ただしく、釣り人は、動いているのだが、彼は石像のように動けない。
「はぁぁ……」
太陽もあがり、諦めて帰ろうと考えていると元気な犬人族の子供リコが、ガレアに声をかけてきた。
「島主様、今日は何か釣れた?」
「いや」
「そっかぁ。ところで、島主様、こないだ怪しげな屋敷を見かけたんだよ」
リコは、もったいぶった言い方で話した。
「どこでだ?」
「オルヴァ村から、孤児院への抜け道だよ。それでね。人の気配が無いんだけど、夜通ると、灯りがついてるんだよ」
誰か住んでいるんだろう? 島主は答えようと思ったが、犬人族のリコが気づかない訳がない。
「調べてみよう。あのあたりはいわくがあるからな」
「うん。何かわかったら教えてね」
リコは、スキップを踏んで、オルヴァ村の方にかけていった。
※
島主は、その日の夜、邸宅に戻ると、「シシルナ島の事件簿」と書かれた書類を本棚から取り出した。
「確か、今から半世紀くらい前の出来事だったはずだ」
彼の祖父が遊び心を込めて記した、シシルナ島の歴史と記録簿。
物語風に書かれているため、真実かどうかは分からないが、それでも本棚に並ぶ数字だけが羅列された書類よりも、遥かに面白く、子供のガレアにとっては、唯一夢中になれるものだった。
誰かに読んでもらった記憶もあるが……
「まあ、だが物語こそが、遠い未来に残るものだろう」
ガレアがその内容を思い出すのは、読んだ後、あまりにも怖くて、母・ニコラの寝室に逃げ込んだ記憶があるからだ。
『ヴィスコンティ家の吸血鬼』
その書き出しはこうだ。
『ルナティス公国の貴族、吸血鬼の一族の末裔として名高いヴィスコンティ家が、我がシシルナに亡命してきた。シシルナ島は、盟約に従い、彼らを受け入れることに決した』
受け入れるべきかどうかで葛藤があったようだが、最終的にはシシルナ島の伝承が重んじられたという。
伝承──シシルナ島に住む精霊王が、聖女に導かれ、魔物討伐の遠征に赴いた。その際、吸血鬼の一族は、聖女たちに恭順した。
「もしお前たちの末裔がシシルナ島に逃げてきたなら、助けてやろう」と精霊王は語ったという。
ヴィスコンティ家は、誰も住まない森の奥に村を作った。その村の名は、エルヴァ村。
夜な夜な饗宴が開かれるヴィスコンティ家の屋敷。しかし、ある時を境にその賑わいは途絶え、静寂が屋敷を包むようになった。
村では家畜が謎の死を遂げるようになり、朝になると血を抜かれた死体だけが発見される。異変は幾日も続き、不安と恐れが村全体に広がっていった。
数ヶ月後、ヴィスコンティ家は外から来た客を招いて宴会を開いた。赤いワインで乾杯し、賑やかな笑い声が屋敷を満たしていたが、その翌朝、客たちは全員命を落としていた。
その日、ヴィスコンティ家の人々は村を焼き払い、屋敷一軒だけを残して忽然と姿を消した。以後、記録には「エルヴァ村」とその名が残るのみで、真相は闇に葬られた。
――当時は恐ろしく感じたものだが、改めて記録を読むと、どうにも荒唐無稽に思えた。
翌朝、ガレア――島主でもある魔法使いは、警備総長のローカンを呼び出した。部屋には、オルヴァ村の村長クライドがいた。
「悪いが、クライドと調査に行ってほしい」
「……クライドと?」
ローカンは顔をしかめた。彼と組む仕事にまともな結末は期待できない。
エルヴァ村の近隣には現在、オルヴァ村がある。その村長であるクライドに協力を仰ぐのは必然だが、何かあった時、彼一人では対処できないのは明らかだった。
「つまり、旧エルヴァ村にある屋敷を見てくればいいのですね」
「ああ、調査の報告も頼む」
「分かりましたが……強くなった俺の姿、見せますよ!」と、意気揚々と言うクライドを見て、ローカンは深くため息をついた。
二人は地図を広げ、おおよその場所に目星をつけると準備を整えて出発した。
しかしその翌日、そしてさらにその翌日にも、ローカンからの報告は一切なかった。
リコも、釣り場に現れなかった。
「ローカン警備長はまだ戻らないのか?」
執務の合間にガレアが警備隊員に尋ねたが、誰も行方を知らないという。
「あの真面目な男が報告を怠るなんて……クライドに振り回されているのかもしれないな」
そんな時、オルヴァ村から緊急の知らせが届いた。
「吸血鬼らしき存在が現れ、男二人が倒れました!」
目の前の報告にガレアは顔を曇らせ、立ち上がった。
「わしが行こう」
杖を手に、島主である彼は即座に現場へ向かった。かつての噂話が再び現実となったのか――その答えを確かめるべく、彼の足取りは早まっていた。
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